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乗り合わせた人

「今日は……金曜日か」
「どうしたらいいのか……いつまで生きられるのか」
「もう86だよ……いつまで……」

 話しかけられたのかと思ったがそうではなかった。スーツを着込んできちんとハットを被ったその男性は自分の声を自身に聞かせていた。

 エレベーターには二人きりだった。
 私の視線に気付いたその人は、ああごめんねと謝った。
「独り言を聞かせてしまった」

 そっか、今「聞かせた」って言ったよな。
 じゃあおれが答えてもいいんだよな。

 「大変ですよね」
 「でもね、きっと大丈夫だから。大丈夫ですよ」
 幼稚園児の頃から言い続けた言葉。全身の本気を込めた。
 「お気をつけて。行ってらっしゃい」

 男性は何も言わず、エレベーターの扉が開いた。
 一瞬「年齢的にも聞こえなかったかもしれない」と思った時、
 「ありがとう。行って来ます」
 と、その人が応えた。

 それくらいじゃ泣かないよ。おれ強いし。
 泣く代わりにやらなきゃいけないことあるし。
 これは泣かなくていいパターンだ。きっとそうだ。
 また会いましょう。




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