『日本SFの臨界点 [恋愛編] 死んだ恋人からの手紙』伴名練編

作家9人の短編集未収録作品からなるアンソロジー。編者による「SF臨界点」は他にも何冊か出ているようで、これは恋情、愛情にかかわる作品を集めたもの。編者自ら書いているとおり、ほとんどが男女異性愛ものである。
とはいうものの着想のバリエーションは豊かで、SFって自由だな! と、とても楽しい気分になれた。(まああれだ、筒井康隆だってSFなんだからサイエンスがなくても突きぬけたフィクションはすべからくSFを名乗れるというものだろう)

「死んだ恋人からの手紙」中井紀夫

銀河を越えてその順序が入れかわって届く、すでに死んでしまっている恋人からの手紙。受け取り手の姿は描かれず、受け取っただろう順に淡々と手紙の内容だけが並べられる。はるか未来の、ぼくたちが知っているものとは違う世界が恋人の目と語りをとおして伝わってくる。

「奇跡の石」藤田雅矢

音を、感覚を、結晶に封じることができる「エスパー」の女の子と主人公がどのように出会ったのか。そのロシア近くの村で起きた戦争と、その思い出の話。

「生まれくる者、死にゆく者」和田毅

赤子はこの世にいる時間がすこしずつ増えてゆき、見えなくなる時間が完全に無くなってから「生まれる」。逆に老人は少しずついなくなる時間が増えていき、完全にコミュニケーションができなくなった時点で死亡する。そんな世界で、主人公夫婦の父である消えかけた老人がはじめて生まれようとしている孫と触れあう時間を取りたいという願いの物語。

「劇画・セカイ系」大樹連司

中学生の頃、世界を救うために犠牲になった彼女がいた。そんな彼は売れない作家となり稼ぎのある年上彼女に養われるような暮らしを送っていた。そこへあの頃のままの彼女が戻ってきた──。そんな修羅場の話。

「セカイ系」と括られる物語はちょうどぼくが中高生のころ、ラノベが大量生産されるようになったあの頃に勃興をはじめたとおもっている。それを書いていた大人になりきれなかった大人たち、あるいはそれで育った子供たちが、大人になろうとして「精算」をはじめている気がする。(エヴァが終わるとか)

「G線上のアリア」高野史緒

著者の作品である『アイオーン』とか『ムジカマキーナ』とか、当時リアルタイムで読んでたわ……。

かつて十字軍がイスラム世界から持ち帰った電信電話の技術でひとつのネットワークに接続されていたイフの中世ヨーロッパ。いまは各国の利益が衝突して分断されているが、そのネットワークを所有していた盲目のハッカー王女とその恋人のカストラートが、招かれた貴族の屋敷で天才の手になる無線接続装置に触れる。(背景設定の情報量……)

「アトラクタの奏でる音楽」扇智史

アンソロジー中、唯一の女性と女性の慕情を描いた作品。

AR技術に覆われた京都が舞台。橋のたもとでギターを奏で歌う女の子が、研究者の卵の女の子と出会う。ライブの「ログ」を行き交う人たちのリズムにあわせて変化させることで「関心」を制御できるかもしれない。その研究を軸にライブと二人の暮らしは変化していく。近づき、すれ違い、そして。

「人生、信号待ち」小田雅久仁

人は人生の中でどれだけ信号待ちに時間を費やすのだろうか。そんな何気ない疑問から始まった物語は、変わらずの信号でいきなりの足止め。中洲におなじマンションに住んでいるとおぼしき女性と二人きり。赤信号のままなぜか時間が滑るように加速し、信号待ちのままいつしか女性と結ばれており子供が生まれ家族ができ──。

生涯が信号待ちの時間で埋め尽くされる不条理。「なぜ」はさておき状況がこうならどうなるか、という実験物語はSFならでは。そしてきっちり読ませる物語になっているところが高ポイント。このアンソロジーで一番のお気に入り。

「ムーンシャイン」円城塔

先の「奇跡の石」とあわせて、アンソロジー中「共感覚」に触れた2作品のもう一編。

拳銃を持たされた院生の僕、ホワイトボードを前に議論を交わす教授たち、かたわらにベッドと点滴がつながれ横たわる少女。少女は数に関する超越的な感覚を有しており、それを狙う組織があるということで。

途方もない数字に関する蘊蓄が語られ、どこをどう楽しむ話なのか正直なところ掴みきれなかった。

「月を買った御婦人」新城カズマ

19世紀の終わりのメキシコ帝国。5人の求婚者に麗しの令嬢が出した条件は「月」へ行くこと。猛烈な技術開発がはじまり、宇宙時代が幕をあける。しかし月への有人飛行は困難を極め飛びたつ者はなし。そのうちに戦争が始まって終わり、<会議>が設立され科学が世界を統一する。50年が過ぎ、ひとりバルコニーに立ち月を眺める貴婦人は……。

短くもセンスオブワンダーをこれでもかとギュギュッと詰めこんだ作品。(『蓬莱学園』シリーズも楽しいものでした)

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