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人の愛を盗るなよ

車が盗まれた。

夕方、いつものように子供たちをミニバスへ連れていこうと駐車場にいくと、停めてあるはずの場所に何もない。一瞬、わけがわからなくなってその場に呆然と立ち尽くすオレの頭の上を、「パパどうしたの? どうしたの?」という声がふわふわと通り過ぎる。ほんとうに、漫画みたいに忽然と姿を消した。

盗難件数不動のベスト3のランドクルーザープラド。覚悟がなかったわけじゃない。保険も満額かけていたし、雨の日も風の日も、めんどくさい気持ちを押し殺してごついタイヤロックをかけていた。タイヤロックなんて気休めにしかならないかもしれないが、ほんとうに気休めだった。狙われたら何をしても無駄なんだという改めての事実に脱力する。

実感がないままに、警察の手続きを終え、保険屋さんやディーラーさんに連絡。友達(こいつもランクルをやられている)にも電話して、なんだか夢の中にいるような気持ちのまま、「なんか、大変だね」なんてカミさんと顔を合わせながら食事の席につく。いつものように缶ビールに指をかけたところで、ふつふつと、グツグツと、腹の底から、込み上げてきた。顔も分からない、存在すらも分からない、真っ黒いものに対する怒り。

いやいやいやいや待て待て待て待て!待ってくれ!待ってくれよ!
どういうことよ!どういう了見よ!アー・ユー・シーリィアス!?
冗談じゃないって!オマエは、バカか?
オマエがオレから盗んだのは、オマエがオレたち家族から盗み取ったのはな、
ただの物体じゃないんだよ!ただの車じゃないんだよ!
愛車なんだよ!分かるかな? 愛なんだよ!

夕飯を食わずに、ママチャリで外に飛び出した。窃盗団の手口によっては、しばらく近くのコインパーキングに停めて、GPSで探しに来るか泳がせるという話も聞く。被害届で対応した若い警官は、(そんなことオレに言っていいんかと思ったが)ヒソヒソと、隣町に窃盗団のヤードがあるらしいと言った。隣町の駐車場という駐車場、空き地という空き地を片っ端から見て回った。どこかでピッピッと反応してくれるんじゃないかと、ずっとスマートキーのボタンを押しながら走った。できるだけ人気のない道に入っていった。バカみたいかもしれないが、名前なんてないのに、呼びかけてしまいそうだった。猫バスなら、行き先に「田中のランクル」って出て、ウチの子供たちがめっちゃ笑顔になって……とか思ったらね、泣けてきちゃったんですよ。夜中に、ママチャリ漕ぎながら。

汗だくで半べそかきながら、夜中のコンビニで酒を飲んだ。カメラロールの中にある、家族と一緒に写る愛車の写真を眺めた。買うのにずいぶんと悩んだ。初めてサンルーフを開けたときの子供のはしゃぎよう。履き替えたタイヤは自慢だった。テントの横で何枚も撮った。当て逃げもされたな。もうひとり子供が増えたから、来週にはルーフキャリー載っけて荷台を増やす予定だった。

全然酔えなかった。「アイス買ってそろそろ帰ってきなさい」。妻のLINEで、ようやく腰を上げた。

「時計にも家具にもつかないけど、車にだけは愛がつく」的なことをおっしゃったのは広告クリエイティブディレクターの佐藤夏生さんだ。愛車。「走ればなんでもいい」「自動運転で運んでくれればいい」なんていう声もよく聞かれる。別に否定はしない。たしかに、乗れればなんでもいいし、運んでくれれば目的は果たしているかもしれない。車に愛とかどうとか時代遅れでダサいんだよって、ミニマルな若い人には後ろ指を刺されるかもしれない。

だけど、だけどね。家族を乗せて、想いを載せて、轍に思い出を残していくあの子は、紛れもなく愛車だった。それは、もう愛なのよ。ちょっと高値で売れるからいっちょやったろってな具合で、たった一晩で音もなくサクッと掠め取っていいような、そんなもんじゃなくて、もっと大事な、柔らかい、めっためたに愛が詰まったものなんですよぉ!!(サンボマスター風で)

正直、対応はしているけど、整理はできていない。こうして吐き出すことしか供養のすべを知らない。

最後に一言だけ言いたいのは、「盗まれるからランクルやめとけ」でもなく「防犯対策のあれしろこれしろ」でもなく、「人の愛は、盗んじゃいけないよ」ってこと。

週末は代車で練習試合です。

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