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あいうえおもいで 【う】

【う】うさぎ

うさぎのことを思うと、いつも罪悪感に駆られる。

子どもの頃住んでいたマンションの隣の家には、同じ小学校に通う3歳年上のお姉さんがいた。彼女は小学校の飼育委員で、ある日怪我をしたうさぎを連れて帰ってきた。そのうさぎは同じ飼育小屋のうさぎ同士のケンカで激しく耳を齧られてしまったのだという。確かに片耳が大きくえぐれた痛々しい姿だった。治療と同時に他のうさぎたちとは物理的に離す必要があるということで、しばらく彼女の家で世話をすることになったのだそうだ。

うさぎは瞬く間にマンションに住む子どもたちの人気者になった。
私も含め、近所の子どもたちが代わる代わる遊びにきては抱っこしたり、餌を与えたり、マンションの共用廊下で一緒に散歩したりもした。

一年ほど経ったある日のこと。
その日私は学校から帰ってきてすぐ、母に連れられてバスと電車で出掛けなくてはならない用事があった。
用事の内容はまったく覚えていないが、当時通っていた眼科の検査の予約があったとか、そんなところだったと思う。
出掛けるためにドアを開けると、隣のお姉さんが慌てた様子で家から出てきた。うさぎが死んでしまった、というのだ。おそらくお姉さんや私たち子どもが学校に行っている時間に死んでしまったのだろう。

お姉さんはひとりでではなく、マンションの子どもたちの中でも特に仲のよかった私に、うさぎを埋葬するのを手伝って欲しそうだった。私も手伝わなくちゃと思った。いつも遊んでくれるお姉さんが困っている。死んでしまったうさぎのことも、ちゃんと埋めてあげたい。

けれど子どもだった私ひとりの意思と希望では、その日の予定を変更することはできなかった。母が何度もお姉さんに、本当にごめんね、今からどうしても出掛けなくちゃいけないの、と言っていたような気がする。
エレベーターに乗る時に見えた、お姉さんの途方にくれた立ち姿は、大人になった今でも時々ふと思い出してどうしようもなく苦しい気持ちになる。

結局うさぎは、マンションの裏手にあった広い空き地に埋められたと聞いた。その空き地には今、住宅がいくつも建っている。

灰色の毛のうさぎのことを思うと、いつも罪悪感に駆られる。





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