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スイミーと孤独と一番星

8月23日18時04分。
新幹線を待つ間、西を向いた目に夕焼けが映っていた。
高い雲が道を開けてもくもくしている。
白の輪郭は、次第に灰色に染まり、日が落ちる寸前に赤く光り始める。
小鳥が鳴き声をあげながら飛んでいて、1羽、また1羽と数を増やしていく。
日が沈み、背中から夜の気配が強まる。
その日の最高気温は37度で、クタクタな体で、ただこの景色が美しいと思った。
18時11分。鳥の群れがすごい勢いで数を増している。
黒い流体が空を自由に飛んでいる。群れの数は3つ。1番大きい群れと、いちばん小さい群れが合流した。より大きな黒になる。蜘蛛の輪郭が赤からもう一度グレーに戻る頃には、群れはひとつになっていた。
あぁ、なんだっけこれ。そうだ。スイミーだ。

0歳から通った保育園では、毎年劇をやっていた。今思えば1桁の歳で劇をやるなんて無謀すぎないかと思う。保育園の先生が持つ技と小さな子供の可能性が交わることで起きる奇跡なんだろう。
そこでスイミーの劇をやった。たしか僕は赤い魚で、一番の大親友は黒い魚、スイミーだった。
当時の僕は主役が好きだった。いつでも真ん中にいたかったのだ。だからスイミー役が羨ましかったし、主役にしか価値がないと思っていた。
だから生きていく中で衝撃を受けたのである。誰もが主役になる可能性がある人生で、自分が主役になれない現実に。

どこで主役になろうと、場所を移し、ステージが変わる度に同じ席に座れることなんてまず無い。
そんな現実を見て、まぁこんなもんだよなと思う力がついていく。そんな力を大人になるって事だとだいたいの人が言う。現に自分もそうだと思う。

ただ、僕はこの景色を見ている自分を主役に置かなければいけないのである。自分の体に人生の物語が刻まれていく度に、辛い事も嬉しい事も、主人公として刻んでいかなければいけない。
自分を人生の主役にできるのは自分だけなのだから。

18時18分。新幹線がホームに到着するとアナウンスが鳴る。
鳥がもう見えなくなるくらい街は黒く染っていく。
右を見ると一番星が見えた。この一瞬を物語にしていこう。体に刻んでいこう。
孤独な北極星が星空になるまで。星空より明るい朝が来るまで。

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