第10章 IEと効率の意味

 IEとはindustry engineeringの意味であり、製造業を出典とした産業工学を指している。実はとても古い概念である。 1800年代のフレデリック・テイラーが主張した作業研究や測定という技法であって、テイラーイズムとして後世まで広まった。生産現場では管理者と労働者の働き方には唯一最高の方法があるはずで、追究することが重要だという主張であり、当時のフォード工場で採用され広まってきた。
唯一最高の最終手段の発見に向けて、様々な取組をすべきであり、必ず到達できるとしたのが彼の見解であった。それを目指して改善を積み重ねる事の重要性に疑いを持つ者はいない。その成果が分業設計や自動ライン工程への発展となり、労働者の業務負荷を下げてアウトプットを極大化する事に成功できたからだ。テーラーイズムは多くの製造業に影響をもたらし、有名な事例ではフォード生産方式らの改革を通じて、自動車工業会に巨大な富をもたらせたといわれてきた。
 IEはそれだけで独自の進化を遂げて、業務分析やタクトタイム(単位作業時間)短縮、原価把握の手法まで応用が進むようになった。製造業の資源は労働力と機械という2つの主力要素が中心にあったからだ。機械を止めずに、作業者も能力を揃えた標準工程を実現できれば、アウトプットの極大化が図れることに疑問の余地はほとんどない。
 しかしほとんど同じ時代に生産性向上には、作業手順や監督管理よりも作業集団の人間関係や労働環境の感情が最も大きな影響因子である事を実験によって証明したメイヨー博士も存在していた。
ホーソン工場での実験は、後にHRM(human resource management)学問領域を発生させてテイラーと対立する事になったのだ。
第1節 IEは何から構成されるのか
 唯一最高の生産手段も作業者集団の人間関係によっては、成果も効果も疑問詞がつくようになっていたのは象徴的である。人は手や足ではなく、心や頭で労働していた証拠なのだ。
 経営学の新領域を示したドラッガーもマネジメント技術と企業組織論の中で、作業や行動の動機と意欲を個人からチームに転換して、人間関係の成果との関係性を説いているのが現代の通説となった。
 多くの作業者が働く製造や物流の現場において、工場と倉庫の区別がほとんどなくなる消費財産業進化の工程では、多くの作業者にとっては機械やシステムよりも労働の動機づけやチームワークが重要な要素になる。それは生産性や品質、業務意欲や労働へのモチベーションに限らず、現場の雰囲気や企業文化や個性表現にもつながっている。
 今後の業界で物流工程に多くのロボティクスが導入されれば、その作業効率と生産性はロボティクス設置の段階で定まってしまう。機械化やロボティクスのインプットは電力であり、エネルギー量で支配され、アウトプットはプログラム次第で太宗が決まってしまう。そこには改良や能力向上の余地は殆どないだろう。いわば生産性の概念は設計段階で定まるということになり、IEの余地は限定的か、もしくはいずれは無用の長物となるだろう。逆に研究すべきテーマは人間関係論や心理学領域の産業への影響となるだろう。すでに経済学領域でもホモ・エコノミクスの存在が危うくなって、行動経済学という新分野が研究されているからだ。
人は機会やロボットではなく、命令だけでは意欲がわかない。また、自己鍛錬と工夫の余地や熟練と成長の実感がなければ、労働への動機づけは下がるばかりだろう。作業ぶりと意欲の関係性は、個人とチームでは異なるから、スポーツのようにメンバーの得意領域の組み合わせのほうが、誰もが同じレベルの標準化を目指すよりも効果的になるに違いない。
 業務や仕事の結果産出量Yは、資本と労働の2つの要素と全要素生産性という科学技術進歩や特許技術でカバーされてきた。
 Y=K+Lという公式がすべてを司っているわけであり、Lの要素にはチームワークと心理学領域が関わる様になればIEの出番がいずれなくなるのは当然だろう。
広島海軍江田島記念館でよく売れているファイルホルダーには、山本五十六海軍大将の言葉が刻まれる。
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば人は動かじ」
その後に続くのは・・・・・・
~話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
~やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

第2節 効率はどのように実現されるか
 IE要素には資本と労働の二面性があることを理解すると、効率化の求める方向が見えてくるだろう。
効率化とは、時間やコスト、労働力などのインプットに対して、より多くのアウトプットが生じる結果を言う。機械資本はインプットとアウトプットが設計により規定されており、どれだけ稼働させるかによって生産性は確定する。時間あたりの処理量という指標を用いるなら、機械やロボティクスの稼働時間によって生産性は一次関数グラフの直線で描かれる。問題は実稼働率、事故による停止率しか残らない。

 労働者の場合にはIEとは、作業標準であり、単純化や分業で実現されると考えられてきた。しかも長時間労働の連続は、図のグラフのように全体の能率が下がり、生産性は低下するものである。
IE発明の同時期にはホーソン工場の実験からチームワークや職場の雰囲気など、人的交流が生産性に影響すると証明されてきたから、作業設計での標準化や工程の単純化が生産性に効果を生むとは限らない。人は動機によって働くものであり、時間に追われるのではなく、時間を把握しながら手を進めるものである。決められた時間内に決められた仕事が終わるように働き、そして日々同じことの繰り返しに充実感を覚えるものである。どれほど肉体的に過激な労働や長時間の労働を強いられても、昨日と同じことが今日行われ、明日もまた繰り返されることに安心するのだ
 『モチベーション3.0』を提唱したダニエル・ピンクによると、労働者の動機づけは初めに生存理由、次にアメとムチによる外圧的動機、そして現代は自己欲求からの内発的動機が必要だという。
 
 生産性と創造性は対立要素でも代替関係にあるものでもない。しかし、創造性は画期的な破壊的イノベーションすら生み出す潜在力がある。今こそ製造や物流現場にはこのような創造性が求められているはずであり、それが付加価値を生む可能性を持っているだろう。そもそも企業の収益構造には従業員の動機や創造性から連鎖するモデルが認められている。
 ロバートキャプランが提唱された、バランススコアカードと呼ばれるビジネスモデルは、次のように企業収益は連鎖モデルで実現できるという。
 製造や物流の現場レベルでの学習や成長、業務に対する動機づけによって、業務プロセスが改善されると顧客満足に直結して、財務指標の改善が図られる。しかもそのサイクルは連鎖するという主張である。更に詳しく整理すると、次のような構造になるだろう。
 結局の所では現場レベルの生産性向上だけにとどまらず、従業員や労働者の創造性に起点をおいた業務改善が顧客満足を生み出すことで、最終的な企業収益にまで直結していると鳥瞰できるマネジメントが重要と言えよう。

第4節 人材開発の技法
 人を育てる技法は先に述べた山本大将の姿勢にあるように、見守ることが重要らしい。教育研修という制度は、集合チームであっても所詮は個人レベルの追究にあるようだからだ。しかも標準化や統一化という、学校教育の延長線上にあり、個性育成とか多様化とは無縁の状況にあるようだ。育てたはずの人材が現場から脱落する大きな原因がある。それが退職の理由である。
 筆者は多くの物流現場で労務管理や教育研修の一環として、退職者のインタビューを繰り返してきた。かれらの本音を探ることで現場の環境改善をすすめるためだ。
 『私の意見は聴いてもらえませんでした、居場所がないのです』
 退職者の理由書には多くのタテマエが書かれているが、その裏側に潜んでいるホンネは存在感の喪失であることが多い。チームの一員になれなかった悔やみと努力を認めてもらえなかった失望感、それ以上に自身の存在感のはかなさに動機を薄めていったのである。

 人はどのような行動原理で動くのか、そして人を動かすにはどんな原則があるのか。聖書の次に売れ続けている書籍がデール・カーネギーの『人を動かす』というもので、今日現在もどの様な書店にも必ず置かれている。しかも平積みで売れ続けている証拠である。それほど、原理原則は広く知れ渡っているのにも関わらず、守られていない原則とは図で示したように極めて単純なルールなのだ。
 人の話を誠意を持って聞く
相手の名前を覚えて、呼びかける 〜〜 

退職者の理由もほとんどがこの原則破りの現場運営にあって、恵まれない上司のせいだといえる。
私の意見を聞かない、聴いても無視する、反応や回答がない。
これらが続けば嫌気が差すのも無理はない。人が職場を離れるのは、このような原則が守られない組織や風土にあるのだ。これを改めずして人材開発や教育制度などが成り立つわけはない。
 そこで、人を動かす原則に従って、人材育成のプログラムを作り直す必要がある。初めには集合教育のあり方である。どの様なプログラムも「あるべき姿、習得すべき知識と技術」を一人ひとりに同じレベルで求めている点に疑問がある。確かに安全指導などの事故防止には、必要最低限の共通ルール徹底や安全知識の浸透が欠かせない。しかし、生産性向上や創造力発揮のための職場作りには、スポーツチーム同様のアサインメント、つまり割当や配置フォーメーションが需要ではないか。得意な者には得意技を発揮してもらい、それをサポートする体制を作り出す。苦手な者は得意領域を発掘するか、フォローに回るなどの強弱をつけることが現実的ではないだろうか。
 野球でもサッカーでも、担当するポジションには技術巧拙があるではないか。職業分野でも当然あるはずで、多様化を認めるとはこのような強弱を見出すことではないだろうか。
 無駄の排除について考えてみたい。誰もがムダは嫌いであり、ムダをしようとしてはいないはずである。しかし、自分のしていることがムダと気づかないとか、思っていない時があるのが問題なのだ。「そのやり方にはムダがある」と指摘されて驚くことが多いはずだ。もちろんゆっくり丁寧に説明をすればそれがムダと気づくこくこともあるだろう。今度の方法が良いと納得できれば、やり方を変える柔軟性と受容性は誰にでもあるだろう。しかし、命令だけで担当換えをされたり、叱責されたのでは腐る気持ちだけが芽生えてしまう。
 多くの現場で改善のために設計変更、システム導入、役割分担の変更や体制の組み換えが行われても、なかなか成果が出せない問題の裏側にはこんな動機や心理に関わるものがあるのではないだろうか。多くの人は怠け心を持たない善良なる働き手ではあるが、その感情や心理をないがしろにするような事件がアレば一気にモチベーションが低下する事件となるものだ。


第5節 士気向上のフェアプロセスマネジメント
モチベーションが高く、やる気が生まれる職場の共通点は、多くのヒトが働く職場では共通していると思う点が、チームで働いているという実感である。自分の仕事を受け継ぐヒトがいて、受け取りもらう相手がいて、成果が見えるようになっていて、自分ががんばるとチームみんなが喜ぶようになっている仕事の回し方である。仕事を通じてヒトとヒトとの絆を感じ、分からない事、できないことがあったとき にはすぐさま誰かが手助けしてくれる安心感がある職場には活気もあるだろう。疑問と不安があっても、いつでも誰かが様子を見てくれていたり、ていねいに説明してくれる先輩がいる現場。質問することは恥ずかしいことではなく、むしろ奨励されることであって、自分の質問がほかのヒトにも価値ある情報として歓迎されるような雰囲気があれば、ヒトは安心して自分の善良なる努力を惜しまない。
 絆を感じること、質問と説明、安心、役割と成果の5つが伴わなければ、あるべき姿と言われても自分とは無縁に感じるに違いない。どんなシステムや仕組みがあっても、それをきちんと実行しようとする動機や心がけにはならないのが働く者の本音であろう。
教育制度の間違えとして、あるべき姿を実現できるように努力、技能向上、執着、習熟するには、感情と心理を制御できなければ難しいはずだ。ヒトは分かってはいてもやりたくなくなる、からだ。同時にやりたくても分からないので相談できずに悩むこともある。 ヒトは環境に支配され、回りの様子に敏感である。怠けやうそが横行するのに自分だけが善良なるものとしていることは苦痛にしかならない。
だから会社と現場は常に公平で正義と良心を最重要視する価値観を持たねばいけないわけだ。効率の追求は、場合によっては不作為を生むことがある。やるべきことをやらねばコストもかからず、事故もおきない。不作為を見つけるのは難しい。しかしながら、教育や研修はプラスのアドオンばかりを求めている。やるべき、 知るべき、心がけるべき、・・・・理想は常にある。だからいってと個人を責めていては終わりがない。肝心の職場環境や価値観に触れることはなかったのだ。


 正しいこと、公平なこと、分かりやすいことをフェアプロセスと呼び、組織運営にこれを採用することが始まっている。 会社や現場が公正さに基づくフェアな運営がされているかどうか、この一点に注目すると、たくさんの改善すべき問題点が多く見られる。 効率追求、合理化とは業務プロセスよりも結果、手段よりも目的ばかりが先行してきたので、働く者の感情や心理、気持ちなどはどこにも配慮されていない。
 このように経済的な動機だけでは、安定した成果を出し続けることができるかどうかは疑問が残る。 多くの物流現場では改善成果を生み出すために、いろいろな施策が導入されてきた。最新型のマテハンや設備、情報システムや器材が登場して、導入当初は劇的な成果を生み出したが、継続できたかどうか。時間がたつにつれ、計画は計画となり、実績値がどんどん下がってくる。設備が壊れたり、器材が利用されなくなったり、ヒトが疲れた顔で働くようになり、新たな改善テーマが必要になるのだ。 『モラルとモチベーション向上』、危機感がない、やる気が足りない、元気がない、できない原因 を教育や研修、心構えで押し付けようとしても、ヒトには感情と心理が働くものである。<いやだ!>と思えば身体は動かないし、指示命令を聞いた振りで過ごしてしまおうとする。口だけの唱和になるし、見られている時だけがんばるようになる。悪意でも怠惰でもなく、善良さは残っている。
 罰則には敏感に反応し、それ以上の向上心は特に深いわけでもないので、がんばりが長続きすることはない。現場にはびこるアンフェアの排除こそが、経営改善、物流改良、モラルアップの秘訣となる。

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