第6章 物流イノベーション

 昭和の高度経済成長は生産量の急拡大と消費財の新商品登場によって、あらゆる産業が急拡大してきた。生産も販売も成長のために、在庫の積上と輸送の拡大が必要であり、倉庫も輸送手段も急激に膨らんでいった。この様な実体経済や国民生活を支える物資を輸配送するのは、自社内の倉庫輸送係であり、物流事業者であったから、膨らむ需要に合わせるのが精一杯であった。
 景気循環は定期的な山谷を迎えることになり、その間にも貿易紛争や為替問題、オイルマネーや不動産への急激なシフトなど、産業界も揺れることが多かった。
 その都度、物流にも影響が及びながらも確実に進化を遂げてきた。主には規模の拡大であり、輸送機器や倉庫の設備投資であったが、平成期に入ってからは新商品より新規事業化という流れに乗って、製造流通販売という基本産業から、6次産業化やネット通販、サービス事業者への物流サービスなど、流通では百貨店からスーパーマーケット、量販店専門店から、そしてコンビニへとチャネル進化と顧客シフトが見られた。
 始まった令和時代は依然としてデフレ脱却が進まず、多様化する消費も量は伸びずに品種が増える時代となり、新商品、新事業から始まった流れはここに来て、新たな業種や業界の待望論が出てきている。
 GAFAのように消費者がコンテンツを提供しながら、プラットフォームというシステムがビジネスを構成するなんて、産業付加価値を消費者が担っているのは全く新しい産業だといえるだろう。
 ここでは物流技術やその歩み、新産業へのシフトを含めた物流活動全般を整理してゆく。

第1節 重厚長大エネルギー

物流はどれほど形容詞を使って表現しても、数えて運ぶだけの量の科学に基づく活動である。10個ならすぐに数えられるが、10^5になると人の手に負えなくなる。だから量には対処法が必要なのだ。
経済が地球資源を発見してから急成長したように、産業の出発はエネルギー革命であった。石炭、原油を源として多くの原材料資源を活用した産業が経済を牽引してきた。初めに鉄、そして化学、応用した建設と医薬品が主流となり、富が集中するようになってゆく。
物流・ロジスティクスも初めから見事に整備された技術ではなく、量をこなすために進化を遂げてきた。車輪の発明から進化を続け、空間を活用したり、人力を補う形で技術が進化している。
 現在では量と規模をコントロールするためにデジタル化とロボティクスが活躍しているが、物流・ロジスティクスの基本は大量保管、大量輸送、作業の精度に掛かっている。特に量をこなすには設備の設計や運用のデザイン感覚が重要であるが、大量のモノを扱うにはこれまで見てきたように在庫や輸送はビジネスにとって資金の行方と関係しており、経営そのものを左右する重要な要素になっている。
 大量の在庫は企業にとって「未実現利益」であり、現代では経営リスクの一端に上がっている。売れ残る、陳腐化する、処分にコストが掛かる、過剰資産傾向となり、販売チャンスを逃せば黒字倒産の原因ともなっているからだ。
 大量輸送もその前提にある大量生産、大量調達、もしくは大量貿易に関わってくるが、量は質量、重量に影響しており、エネルギー消費は

e=mc^2 で規定・定義される。(e:エネルギー、m:質量・重量、c:光速定数、速度変化)

 つまり、大量処理は重さに比例するエネルギーが必要であり、更に速度を考慮するならその2乗にも比例する。
 高速乗用車が車軸下の重量を下げるためにタイヤホィールを交換するのは、このためである。
 速度2倍に上げようとすると4倍のエネルギー消費となり、半分に減速すれば75%の省エネが可能になることをこの公式は示している。
 物流・ロジスティクスにとって、現代の話題はコストであり、省エネであり、温室効果ガス削減というエネルギー問題と表裏の関係にある。大量である、高速である、ことの是非はエネルギー消費との関係で語らねばならない。
 軽量化、低速化を図りながらビジネス要請に合わせた物流・ロジスティクスこそが、これからの重点課題になっていることを再確認したい。

第2節 物流・ロジスティクスのインフラ

物流・ロジスティクスにとっての活動基盤となるインフラは、港湾、鉄道、空港、道路という輸送手段の装置であり、保管や加工のための倉庫が物理的なものとして明示される。しかし、実際の物流・ロジスティクス設計においては、保管・輸送・作業のコストや速度を考慮するために、立地や経路が重要となり、次に要員を支配する情報システムが欠かせないインフラとなっている。
 特にAIや物流情報システムが物流・ロジスティクス全体監視を行うようになると、在庫や輸送を最小限度に抑えようとするネットワーク構想が前提に含まれるようになる。従来産業型の製造〜流通保管〜消費移動という物流・ロジスティクス工程が進化している現代では、消費に連動する情報システムの機能が最大のインフラであり、活動基盤になりうる時代になった。
 製品調達や製造工程がグローバル化するにしたがい、需要と消費動向は高速情報網で接続されたプラットフォーム上に配置されたコマの反応で処理されることになる。
 
 物流・ロジスティクスは企業の競争力として意識されてきたが、実のところでは産業の共同事業としてみなすことが増えてきている。共同物流や共同運営を前提とした物流のアウトソーシングが進んできているからだ。
 激しい競争を続けているビール飲料業界でさえ、先に述べた物流・ロジスティクス運営課題に対処するために共同化を歩もうとしている。さらには、異業種業界との共同化までもが視野に入り、すでに実験実証が行われるようになっている。すると、物流・ロジスティクスの真のインフラとは、モノの情報であることに気づくだろう。
 モノのライフサイクル、製造発生から移動、消費、消滅、リサイクル、経済精算という活動における工程をトレースすること事態が活動となり、物理的な数えて運ぶことの重要性は一気に下ることになる。
 ここに経団連が主張して期待している物流・ロジスティクスの未来の姿があるのだ。

第3節 GAFAと情報産業

Society5.0という未来社会のコンセプトがある。政府広報では動画で紹介されているが、そこにはAi家電やドローン輸送、無人バス、遠隔テレビ診療などの技術が社会を豊かに変えるという夢が語られている。
 かつての日本の主力産業だった、鉄鋼・造船は時代とともに自動車・住宅・家電に変わり、更にはGAFAに代表される情報産業に完全にシフトしている。日本の精密機器メーカーはアップル社のiPhone に部品が採用されるかどうかの熾烈な営業競争を中国、韓国と行っている。
 
 このような新社会の到来においては、物流・ロジスティクスに期待される機能や性能は旧来とは全く異なる姿になるだろう。この図は経団連がすべての産業界からの物流・ロジスティクスへの期待として紹介しているイメージである。大量の原材料資材商品を一括して処理するような、巨大コンビナートのイメージではなく、まさにコンビニエンスストアに展開している商品販売と様々なサービスの一括提供に近いイメージである。
 つながり、共同し、人手を開放し、新たな価値で社会貢献する物流・ロジスティクス、一体どの様な進化要素が含まれているのであろうか。
 
 まず重要なのは、モノの発生から消費消滅までのライフサイクルをトレースする情報システムのあり方である。モノが生まれた途端にIoT端末などがセットされ、環境データとともに移動や加工、債権の伝播などの物的・経済・状況・環境情報が記録整備されて、物流・ロジスティクスの基本動作として保管から移動を繰り返してゆくことの記録が重要となる。
 IoTがもたらす情報接続は、モノとつながることで次のような物流情報取得が可能になる。

モノがインタネット経由で接続し、しかも5Gや更に次の世代の6G接続となると、「多数同時接続」、「超低遅延」という複数接続が反応時間差という時差がなくなり、空間と距離を超えて目前にある状況と何ら変わらなくなる。
生産工場から完成した商品が、仮にディスプレイ上で目前にあり、機械であればそれを操作することも、その結果のアウトプットも処理できる。5G,6G通信網の整備はこれが手元のスマホで実行できる環境がまもなく訪れることを意味している。

高速情報網の実現は、リアル(実物)とバーチャル(仮想空間)、アトム(分子)とデジタル(データ)との融合や統合が可能となり、消費の実感がまさに利用、使用となるUsas(use as a service)が実現することになる。手元にモノがなくても、モノの価値と効用を実現できる環境が生まれるのだ。

 物流・ロジスティクスが全く不要の究極ビジネス環境の出現だ。

 もしモノを保管や移動しなくてはならない環境が生まれるとすれば、それはもう哲学の領域に到達して、「なぜモノを保管し、移動しなければならないか」の根源まで遡らなければならなくなる。

 IoT技術は物流・ロジスティクスと同様に軍事領域の研究から生まれた。人工衛星を活用して、軍備装備の動向や動態監視が可能となった。今や軍事行動はロボットやドローン、無人偵察や無人攻撃などの高度な技術が導入されつつある。同じ傾向が物流・ロジスティクスへの応用が期待できるのだ。それぞれのイノベーション動向を俯瞰してみる。

第4節 ロボティクスの課題

物流・ロジスティクスは量の科学であり、従来のように大量生産、大量・高速移動を前提とするなら人力に頼る作業はすべてがロボットに置き換わる必要がある。少なくとも現在でもロボットは、人の腕や手の役割を行えるようになっているが、まだ「指」に代わるまでの微妙な力加減や操作方法を習得できている話題は少ない。
 サイコ・サイバネティクスという理論では、人がテーブル上のオレンジを掴む運動は、視覚、筋肉、自分の腕の動きを観察しながら、微妙に筋肉を作用させ、最後は手、指で感触を把握しながら掴む、という一連の動作を瞬時に判断、フィードバックして行うと言われている。
 物流作業ではこのようなサイコ・サイバネティクス活動が欠かせず、ロボティクスの応用範囲が限定的になっている。自動車の自動運転研究によってレーザーセンサーが登場して、この様な微調整、フィードバック技術が進化しているので、いずれレイザー装置の価格低減によって指作業を代行するロボットの登場も期待できるだろう。
 導入にあたっての課題は、設備投資と減価償却および租税問題である。どのような価格帯であれ、設備投資は減価償却回収計算がなされるはずだから、人代わりであるのなら省力化効果や要員削減試算によって、投資回収計算がなされなければならない。人手では不可能な24時間連続作業など、長時間運用の可能性によって、この回収計算が成り立ちそうではあるが、実際の物流工程現場では24時間稼働が常用されておらず、省力化効果の試算は成り立ちにくいのが現実だろう。
 しかし、自動搬送、自動格納、自動集品などの大量処理ロボットはすでに現場に導入されており、人手に代わる機械として長時間運用が可能になった。深夜早朝にロボットが大仕分けや作業準備などの前工程を仕立てておき、作業者の業務軽減を図ることは可能になるだろう。
  事業の成果や全要素生産性は、機械ロボットなどの設備投資と労働時間などの労働力、及び技術進歩で示される次の公式で表される。

    Y=f(K)+f(L)+α Y:生産額 f:関数 K:設備投資額 L:労働力コスト α:技術進歩係数

 したがってロボットはL:労働力の代替であることから、省力化効果の正確な試算が成り立たねば導入は見込めない。昨今のように、実証実験やテストトライアルはこれからの格段に増えてゆくであろうが、正確な試算検証が重要なのだ。その意味では現状の物流における輸送や作業の人手不足を代替するにためのロボティクスは、期待は大きいが投資回収試算の成立させることが可能かどうかが分岐点となっている。今後、圧倒的な低価格ロボットの登場が量産効果によって実現できることが期待される。

第5節 AIと技術革新 EC

 すべての産業がDX:(デジタルトランスフォーメーション)を目指しているという。業務や作業がデジタル化することによって、同じ品質精度の作業が再現可能となるわけである。人手や目視、手入力や読み上げなどのヒト作業をデジタル化することの意味は大きい。
 同時にカメラやセンサー、測定器などが開発され、ヒトの五感を代用することが可能になってきている。最も期待できる技術にAI(人工知能)があり、ヒトの直感や判断、思考や思索を行うプロセスが研究され、アルゴリズムという名でプログラム化が進んできている。
 ヒトの直感は経験と知恵の集積であり、物流・ロジスティクスでは危機管理や危険回避、予測や推定においてその活用が大いに期待されている。特に話題関心が高まっているのは、輸配送計画における車両手配という配車計画と原材料商品の在庫分析と需要予測、発注判断という領域である。従来まではベテランの経験と勘に頼っていた業務であるが、要員不足や能力の限界、担当者の退社などの人的要因からすぐさま代替できない課題から期待されているのである。
 様々なビッグデータと経験則に基づく学習パターンを記憶させ、独自のアルゴリズムを開発しているという話題ではあるが、公式や設定方式などの一切合財が「アルゴリズム」という名のブラックボックス化しており、AIシステムや利用料が高額になる傾向がある。
 システム評価としても費用対効果の検証が行えればよいのだが、事例としてもまだ実証検証や実験的採用に留まっているようである。
 今後、経験則に基づくような業務運営は期待できず、専門要員の確保や働かせ方問題から、AIやシステムへの期待は大きく、先進事例への情報収集は重要な要素である。
 物流・ロジスティクス活動における技術革新は、先程のY=f(K)+f(L)+α で示される生産関数の中でも追加・付加部分であるので、αの拡大やK,Lへの代替技術であることが生産量への影響も大きく期待されている。
 肝心の研究者動機が、物流・ロジスティクスにおいてはコスト効果が優先される状況にあり、新たな付加価値創造というコストアップ要因に向かうことは少なく、今後の開発余地の拡大に期待したいところである。
 技術方向においては、この様なK,Lに代替するようなコスト効果、また未開拓領域ではあるが物流・ロジスティクスにおける新たな価値創造への貢献、代替という領域が残されている。特に物流・ロジスティクスと生産、販売、サービス提供という境界線が薄れている現代、生産技術や販売支援などが物流・ロジスティクスに組み込まれる可能性は十分にある。
 例えば、クリス・アンダーセン著『メーカーズ』で紹介された3Dプリンター(積層生産技術)は、すでに多くの現場や街なかでも活用されるようになっている。デジタルデータとフィラメントと呼ぶ抽出素材があれば、どの様な加工物もたった一つから制作できる技術マシンである。
 フィラメントはすでに柔軟なビニル素材から金属加工に適した硬化物もあり、ユニークなものでは食品や菓子、自動車ボディのFRPや建設用コンクリート成形まで展開できている。
 3Dプリンターはまさにオンデマンドでモノが作れる技術であり、データとフィラメントさえ確保すればオフィスでも倉庫でもその場所が生産工場に成り代わる。
 我が国の佐川急便SGは、倉庫内に3Dプリンターを設置して、光学機器の保守部品をオンデマンド生産と流通サービスでサプライ倉庫を運用している。
 物流・ロジスティクスとファクトリーの一体化がすでに実現しており、商材の発展には制約もなく、今後はケーキ工場、自動車部品工場、場合によっては住宅工場までもが倉庫内部で可能となるのだ。
 ECが電子取引と呼ばれて在庫品の販売機能を示してきたが、今後は在庫品も3Dプリンターによる製造と直販が可能になるだろう。まさに物流・ロジスティクスと生産、販売事業の統合が進むことになる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?