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超ホワイト企業のブラック職場で心が壊されかけた話

私は以前、超がつくほどのホワイト企業に正社員として働いていた過去があります。

おそらくTVCM等で一度は耳にした事がある企業の一つです。

 

働くようになった経緯は、当時働いていた会社でやりがいが見いだせなくなり、最悪だと有名な上司が異動で私の働くエリアに当たってしまった事から仕事が嫌で嫌でたまらなくなってしまい、そこでたまたま目にした求人応募に、内心「受かるわけない」と思いながらも求人に応募した事がきっかけです。

 

面接では自分の実力をアピールできるように自分PR用の資料を作成したり、企業研究をめちゃくちゃ必死に行いました。それこそ1社しか受けていなかったので、時間もあったのでひたすら商品やサービスについて調べ上げました。

 

その成果?もあり、自分の実力から言えばほぼ奇跡に近い形で3つの面接と学力テストを通過しました。噂によると200名応募のうち3名採用だったそうです。

本当奇跡。

 

でも、この時はこれから大きな悲劇が始まるとは夢にも思っていませんでした。

「ホワイト企業と評判の高いこの会社なら、きっと大丈夫だろう」とタカをくくっていたんですね。

 

ホワイト企業になんとか入社を果たした僕が、どんな部分がブラック職場だったのかについてお話したいと思います。

過去を思い出すのもキツいですが、一人でも同じような境遇の方がいたら脱出して欲しいという想いを込めて書かせて頂ければと思います。

ホワイト企業のブラック職場は、徐々に心が蝕まれていき、取り返しのつかない事になりかねません。そして、そんな最悪な環境も長くは続かないだろうと無理をしてしまいます。

一人でも同じ境遇の方がいたら、全力で逃げてください。

そんな方に向けて、お話致します。


少人数の職場で上司が最悪
まず、無事に転職面接に通過した私は本社にある会議室に呼ばれました。

内定の面談です。

そこで言われた事は、「地方の営業所に3年だけ行って欲しい。」という事でした。

 

・・・たった3年でしょ?全然OK!そもそも地方大好きだし現地の美味しい物食べ放題じゃん!みたいな気分で快諾してしまいました。

しかし、この判断がまずNG。

 

何がNGだったかと言うと、働く職場は少人数の部署で、課長が一人と営業部下3人、事務員2人と少人数の職場でした。

 

少人数の職場には大きなリスクが伴う事を全く考慮していませんでした。

 

私は過去、人間関係で大きく躓いた事が無く、誰とでもなんとかできるでしょ!って甘い考えを持っていました。ましてや、かつて大所帯で働いていた事もあって、少人数の職場ウェルカムなんて思っていました。アットホームな職場環境じゃん!と。

しかし、現実は違っておりました。

 

少人数の職場の一番大きなリスクとは

「合わない人間とずっと同じ空間を共有しなければならない事」

これは、本当につらいです。

 

上司は人の話を一切聞かず、質問したAの事に対してZ位の方向で答えが却ってくるような上司でした。しかも1回話をしだすと1分で終わるような内容を15分くらいかけ、かつ「自分はできる」感を醸し続けながら話すような人でした。最初こそ、「あ。こういう人もいるんだ」って思っておりましたが、これが1か月、2カ月、3カ月と続いていくとどうなるか。

 

それは「思考停止状態」に陥っていきます。

 

延々と聞かされる一方的な話、かつ長すぎる話は人の自信と気力を奪い取るのに十分でした。しかも話の内容は一言で言って「超どうでもいい話」でした。

例えば、過去に俺が得意先のお偉いさんとこんな事やってきたんだぜー!すごいだろ!みたいな話を延々と聞かされます。

ごはんって何ですか?って聞いたら米の育て方から品種改良までの話をしないと気が済まないタイプの人間でした。

本当にこんな人いるんだ・・・って心の底から思いましたね。

話が長い、つまらない、そして仕事なんて全くできない。ってかしない。

それでも夜の21時とか22時まで毎日仕事している。(ふりをしている)

先に帰ろうとするとあからさまに機嫌が悪くなる。

そして、仕事やっと終わったかな?って思ったらそこから夜の部へと誘われる。

上司は単身赴任で、ヒマだったのです。

 

本当にこんな生活があと3年も続くの?って思ったら我慢なんてできるレベルを超えてしまってました。

 

同僚も最悪!人の悪口しか言わずに足を引っ張るだけの同僚。


まだこの上司だけが異常なのであれば耐える事ができたと思います。

しかし、上司だけではありませんでした。

先に述べた上司よりも最悪な同僚と一緒に仕事をする事になるなんて。。。

その人は僕が入社してから半年後に、ベテラン社員の異動の代わりに赴任してきた男。

何が最悪かというと、とにかく「人の悪口しか言わない」「自分が一番じゃないと気がすまない」「自分より上の人間にはぺこぺこ、下の人間には超偉そう」「人のありもしない噂話を流す」・・・

挙げればキリがない位、「人類のがん」とも呼べる存在がそこにはいました。

 

何か会社にとっていい事をしようとすると、必ず「お前ってヒマなんだな」「みなさーん!この人ヒマみたいですよ!」とかって言ってきます。最初のうちは聞き流していましたが、この小学生みたいな嫌味の連続や誰かの悪口を聞いてもいないのに聞かされ続ける毎日。

 

ある時、全社に発表する会議資料を作る事になり、その嫌な同僚と一緒に作業を進める事になりました。

 

予想はしておりましたが、全て人任せ。しかも「この案件15時までに終わらせろって言っただろ!」「俺は忙しいんだよ!」とかって当日の14時頃に言ってくるような人間。

そんな話はミジンコ程も聞いていない。

僕は「聞いていないですよそんなこと」って言う気持ちをぐっとこらえて、作業を猛スピードで実施し、完成になんとか間に合わせるが、決まって言われるのは「本当使えねーな」という言葉。ぐっとこらえたのは、何か言えば100倍にして戻ってくることが明白だったから。「こいつ使えないくせに反抗的なんですよ!」とかって勝手に悪い噂話を広めるから。

もう本当ね、心から天界に召して頂きたいと毎日思っておりました。

 

でも地獄はここから。

 

全社発表の会議当日、全て資料を作ったのは僕なのに、「私が資料を作りました!」と謎のアピールを開始し、あろうことか「数字が厳しいのは全てこいつの責任です!」と言いきっていました。僕は唖然とするしかなかった。

だって数字だけはしっかりとやっているし、むしろ落としているのは当の本人なのだから。

それでも、もはや僕には反論する気力なんて全く無く、上層部はそんなに細かい正しい数字は見ない。上層部からも「こいつのせいでこの営業所は数字がきついのか、使えんやつめ」と思われている気がして、本当に辛かった。

 

上司も人間関係のマネジメントなんか全くできない上司だし話をしても無駄に終わる。

もう一人いる同僚は50代のおじさん。その人も自分の話ばかりで相談できる環境なんて全くありませんでした。しかもその人は駐在担当でほとんど事務所に顔を出さない。

 

そこに加えてこんな同僚と働くなんて・・・。

それでも当時の僕は我慢するしかなかった。

だって、あと3年の期日が残り1年半にまで迫っていたのだから。

あと1年半耐えきれば、きっと救われると思っていました。

何せ給料も高いホワイト企業なのだから、耐えていればきっと良い日がくる。

 

でも、そんな日なんて一日たりともありませんでした。

相談できる同僚なんて全くいませんでした。

 

仕事を教えてくれる人なんか誰もいない

先述のような状況ですから、仕事なんて誰も教えてくれません。

前任の営業担当は僕の代わりに東京へ異動。

その前任も前任で、引継ぎなんてものはほとんどありませんでした。

担当先の企業の担当者に一部会わせてもらって、終了。

内心、「え?これで終わり?」って感じ。

細かい事務作業から提案まで、全てゼロベースで作り上げる必要がありました。

それでも、当時の自分は数字を上げる事が使命だと考え、数字だけにはこだわって毎日営業先に出向く。しかし、うまくいくと必ずと言っていいほど足を引っ張られる。

そんな毎日に、僕は生きる気力をぐんぐん吸い取れられていきました。

 

社内営業が命。社外営業?何それ?みたいな状況。
私は、前職では社外営業が命と教わって育ちました。

いわゆる顧客満足度を高めるという事ですね。

社会に価値を提供する事、会社の代表としてお客様と接する事。

その精神だけは大事に持っておりました。

しかし、超ホワイト企業のブラック職場において、社外営業なんて誰も関心を示しておりませんでした。

大事なのは「社内営業」

上層部の人間にどうやって仕事をしている風に見せるか。

そこだけが大事なポイントでした。

 

僕はその考えに全く賛同できず、社内営業のための飲み会には一応参加するものの、心は上の空でした。

一次会が終了し、家で待つ子供に会いに帰ろうと思うが、一次会で帰ろうとすると「おい!帰るんじゃねぇよ」の言葉。

もう本当ね、令和なんですよ?昭和の概念持ち出してきてんじゃねぇよって毎日思ってました。

家で待つ家族に罪悪感を抱えながら、しぶしぶ二次会に参加。

一次会でも二次会でも人の悪口と人の噂話しかしない日々。

こんな生活が1年半ほど続いたところで、僕の心は完全に壊れかけになっていました。

 

仕事を頑張れば頑張る程、足を引っ張られる

そんな環境にあるため、仕事なんて本気で取り組む人はまず見当たらりませんでした。

その時は「高い志を持って仕事に取り組んでいる人も中にはいるはずだ」と思い、全国の営業所の方とも繋がりを持っていろいろと話を聞きました。

確かに、中には一生懸命働く人もいましたが、基本的な概念は同じ。

「どんだけ楽をするか」

「どんだけ他人を下げて自分を上げるか」

「どんだけ人に仕事を振るか」

基本的にはこの概念は全国共通のようでした。

そんな中でも、「なんとか成果を挙げてやる!」って思いながら社内の事はそこそこに社外営業に赴いて成果に繋がる仕事ができそうだ!って思ったとしても、社内の人間はそんな事には無関心。それどころか「本当にヒマなんだなお前は」って言われる毎日。

本当にね、心が荒んでいきました。

目の前の仕事を一生懸命やればやるほど、バカにされるような環境。

もう、いっそのことこの社風に染まってしまおうか・・・とも何度も思いました。

でも「染まってしまったら負けだ」と常に考え、常に戦ってきました。

そんな姿勢が気に食わないのでしょうかね。

暴言やモラハラはいつもエスカレートする一方で、本当に心が腐っているような感覚に襲われていました。

 

夜の社内接待の連続で子育て参加なんか夢のまた夢

当時の僕には、家族がいました。

妻と1歳に満たない赤ちゃん。

妻は親元から離れて地方についてきてくれて、友人も少ない中でほぼワンオペで子供に接してくれていました。

親元を離れて初めての子育てを一人に任せてしまう。

とんでもない罪悪感が自分を苦しめました。

しかも仕事で遅くなるのは決まって飲み会。

月に1度とかではなく、週に3回~5回。

その飲み会もいつも決まったメンバーで他人の悪口しか言わない飲み会。

参加する意義なんて何もないが、断れば断るだけ悪い噂が勝手に流れていく。

「こいつ、飲み会すら参加しないんだぜ」

・・・家族に対していつも申し訳ないという気持ちと戦いながら、悪口大会の場に参加。人の悪口だけは言わない、と心に決め、もし悪口を言われても「そんなことあったんですねー」と流す日々。

家に帰るのは深夜12時近く、遅ければ朝5時まで拘束される事も。

そんな妻に対する罪悪感と子供に対する罪悪感。無駄に時間を浪費している罪悪感。

全ての事柄に対して罪悪感を感じて自信がどんどん無くなっていく毎日。

この環境を親元離れて子育てしていて辛いだろうと、妻にも相談できない。

僕はこの頃、完全に心が壊されかけていました。

 

そんな環境を捨て、逃げた結果

そんな環境から、僕は脱出しました。

3年という任期(今思えばそれすらも怪しかったが・・・)を待たずに、2年半で精神的に限界を迎え退職しました。

今は再度転職し、コロナ禍での出来事だという事もあり、いろいろ大変な事が重なっていますが、少なくとも以前のように心が壊れる環境からは脱出できたかと思います。

今の僕がやらなければならない事は家族に対してこれまでの罪を償う事。

そして仕事を顧客ファーストで考えなおせるように前向きに捉える事。

そんなマインドを早い内から取り戻し、また自分に自信のある毎日を送れるように努力する事が今の自分のミッションです。

 

 

同じような環境の方、もしくは僕よりも酷い環境で働いている方。

僕はそんな環境で長く働く事は自分の体にとっても、家族にとっても良い事ではないのではないかと思います。

特に、一般的に「ホワイト企業」と思われている会社の中での、ブラック職場というのは辛いです。

「こんなもんなのかな・・・」って思ってしまうからです。

インターネットで企業の評判を見るといい事ばかり書いてある。

辞める理由が全く見つからない。

そんな中で、きつい職場にあたってしまうと

「自分が弱いだけなのかな」

「自分の努力が足りないだけなのかな」

と思ってしまいます。

この状態は本当に危険で、徐々に徐々に自分の自信と尊厳が失われていきます。

そうなってしまったらもう手遅れになってしまう可能性すらある。

そんな環境にいる方、もし自分の人生を再度考えるならば、その環境から逃げる事も考えてください。

きっと、もっと良い職場がいくらでもあるはずです。

「ホワイト企業」という看板に騙されないようにしてください。

僕はこっそり、あなたの事を応援しています。


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