歴史。
義務教育において、必修と言われる科目であり、理系であろうと社会という大枠の科目の1部であろうと基礎的な知識は小学生の時から学んできた。
そんな歴史は、度々研究が進むにつれ「あれは本当は嘘だったらしいよ」「そんなこと無かったんだって」というような過去の事象のアップデートが繰り返し起こる。
例えば、いい国つくろう鎌倉幕府。
ぼくの学生時代はもれなく1192年ということで、このゴロで覚えたもんだが、10年前くらいからこれより正確な覚え方として"いい箱(1185年)作ろう鎌倉幕府"となったらしい。
他にも、士農工商という身分制度。
武士が偉く商人は卑しいというカーストのことを言うこれは、当たり前に習ったのだが今ではそんなもの無かったと教わることもあるらしい。
最早教科書に載ってないレベルだ。
一つ言いたい。
「もう、なんでもありやん」
歴史研究は時代を進めるにおいても、必要なことだと思う。
しかし、各年代によって歴史の大きな事象のアップデートにより、学んだことが違うというのはいかがなものだろうかと思ってしまう。
正直、学者にでもならない限り鎌倉幕府が1192年でも1185年でもどっちでもいいし、士農工商はあったかもしれないし、なかったかもしれないしと曖昧な感じで全然いいと思う。
そもそも、100%これが真実だったという歴史的事象の方が少ないわけで、過去に遡れば遡るほど、解像度は確実に落ちる。
そんな細かい所を変えるくらいなら、もっといじめを無くすにはどうすればとか、これから先生きるために社会に出たら絶対に必要な知識(税金のこととか)を学ばせた方がいいと思う。
鎌倉幕府が何年に"本当に"起こったとかそういうことではないはずだ。
しかもいけ好かないのは、"いい国(1192年)つくろう"はしっくりくるが、アップデートされ"いい箱(1185年)作ろう"というのは、ゴロ的にも前者よりは見劣りする。
誰が考えたかは知らないが、アップデートされたから新しくゴロも作ろうという考え方も気持ちが悪い。
いいじゃん別に1185年で覚えれば。
いい箱ってなんだよ。
ぜったいいい国の方がいいじゃん。
頼朝の兄貴だって「なんで変えんねん」て思ってるって。
もしかしたら「お、やっと正規の年に変えてくれた!」って喜んでんのかな。
だとしたら、頼朝がそもそもしょうもない人間なので鎌倉幕府なんて無かったことにしていいと思います。
正解よりもちょっとフィクション混じりでも惹きのある方とか夢のある方が、学ぶきっかけになると思うので、学者の皆様今一度よろしくお願いします。
そんなことより聖徳太子が11歳の時に36人の話を同時に聞けたっていう、そっちの訂正してもらっていいすか。
"聞く"のは出来ても、"訊く"のは嘘だったんじゃないかなァと小学生の頃から思ってるので。。
ほんで、聞くなら俺でも行ける。
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