想定読者の何某

 想定読者は大事だと聞きますけど、つまり何したらいいのかよくわかんなくないですか?
 私はそうでした。
 私が調べたり考えたりしたことをまとめます。

 結論から簡単に申しますと、「読者は俺が決める」「決めた読者にはぶっ刺しに行く」という作業になります。


読者は俺が決める


 想定読者=読者に媚びること、と想像してはいませんか?
 実態は真逆です。
 書きたくないものを書いて心が折れてエターナル打ち切りブリザードしては本末転倒。
 なので、まず書きたいものは自分優先で決めます。

 これは結果的に、趣味の合わない読者を切る──つまり読者を選択することを意味します。

 とここまでは趣味作家向けの説明。
 より厳密に説明しますとこうです。

 顧客(読者)へのアプローチには二種類あります。
 需要を分析し、高い需要が見込める商品を開発・投入するマーケット・イン
 提供側からの発想で商品を開発し、商品の魅力を顧客に打ち出していくプロダクト・アウト


 このうちヒットを出すなら後者、安定を狙うなら前者の戦略をという話になるそうです。
 ここで注意点が二つ。


 見込まれている需要に対して供給がダダ溢れている、つまり「過当競争」になっているケースが往々にしてあります。
 いわゆるレッドオーシャン。新規参入はかなりの不利が懸念されます。


 もう一つ。行動経済学において、「選択肢が多すぎると人は選ぶのをやめる」という傾向があります。
 選び疲れです。

 過当競争の供給過多に目眩を起こしてる顧客に対して「自分を選択してもらおう」というのはかなりの厳しい勝負になります。
 それがどんなに素晴らしいものでも、検討してもらえなければ露と消えるしかありません。
 もちろん、その中でもぶっちぎりで素晴らしければ他のライバルを食い千切って読者をかき集めることができるかもしれませんが……


 しかしながら。
 小説というものの性質は、余暇。
 つまり限られた可処分時間のなかで、他のあらゆる娯楽と競争して選択してもらう必要があります。

 が。
 現代人は史上最も時間がない生活を送っています。仕事が忙しく、さらには余暇に選択肢が溢れすぎているからです。


 スタート地点から真っ赤。血塗られたレッドオーシャン。
 もう誰も彼もテレビの前に集まった昭和の時代とは違うのです。みんな読んでくれるよね──なんて甘えた未来はハナから存在していません。


 と言うわけで、「読者を見定めてぶっ刺しに行く」のが多くの場合で最適解となります。
 誰も彼もが槍持ってぶっ刺しに回っているので、そこでも過当競争が起こっていますが、それはさておき。


読者にぶっ刺しに行く1──「より深くぶっ刺す」


 どんな読者層に向けて書くのか狙いをつけたら、次は「より深くぶっ刺さる」ように槍の穂先を研ぐ作業です。


 たとえば巨大ロボであれば、ロボ好きが待ち望む展開や要素を追加します。変形や合体、パイロット同士のいがみ合いとか。軍人プロフェッショナルものとしてさらにニッチを狙いに行くのも選択肢。
 恋愛でもフンタジーでも同じです。異世界転生でも悪役令嬢でもね。(テンプレものはむしろ、その辺りを意識した結果として自然発生したものです)。

 ジャンルのお約束、想定読者がそのジャンルに期待する展開を盛り付けていくのです。

 好物のエサで釣る──間違えました。
 期待を裏切らず、希望を叶えるように設計する作業になります。


 この作業を完遂するためには想定読者が何を好み、何を望まないのかきっちり分析する必要があります。
 めちゃくちゃ大変な作業です。
 期待を外しても誰も丁寧に教えてくれませんし、何ならキャラの細かい描写ひとつでピントを外す結果を引き起こしかねません。
 もう対象外の読者になんざ構ってる暇はありませんね。
 この作業をきちんとこなせたときは、読者は居心地の良さに離れ難くなることでしょう。

読者にぶっ刺しに行く2──「当たらなければ刺さらない」


 さて、ここで問題があります
 どんなに槍を研いでも当たらなければ刺さりません。
 槍を当てやすくなるように隙を狙いましょう。

 常套手段は「ひと味違う」。
 見知ったものと「ほとんど同じ」で安心させつつ、僅かな違和感で動きを止めるのです。
 難しいポイントです。
 奇をてらいすぎると読者は警戒して近づいてきませんが、あまりにも周囲に埋没しすぎると気づかずに通り過ぎてしまうでしょう。

 あくまで「ひと味違う」。違和感に気づかせるのがポイントです。
 私もまだこの勘どころがさっぱり掴めていません……。

読者にぶっ刺しに行く3──「抜けないように返しをつける」


 最後は槍の穂先に「返し」をつける作業です。
 ぶっ刺さったら抜けないように。
 もう他では味わえないと思わせる。
 これが「唯一無二のオリジナリティ」の役割となるわけです。

 好きなものを書け! とよく言われるのは、このオリジナリティを「作者の性癖」で代替することで容易に出せるからですね。
 もちろん他の方法でも独自性を出せるなら何でも構いません。
 逆に言うと、作者の性癖が独自性を出せないなら、その性癖に意味はありません。かくしてクリエイターには変態が増えていく。


 しかし、注目していただきたいのは性癖ではありません。
 オリジナリティが役に立つのは一番最後、リピーター獲得の役にしか立たないことです。
 まず読者に刺さらなければいけません。


 というわけで想定読者を決めましょう!


おまけ


 さて、せっかく想定読者を定めたのですから、もう少し考察してみましょう。
 Web小説であるならば、主な利用目的・利用シーンは隙間時間の充実。スマホやPCを使って読むものですね。
 日常の延長線上で、「ゆっくり落ち着けないシチュエーションで、隙間を埋めるように読書体験が挿し込まれる」と言えそうです。
 この状況では、難解な表現や、重く複雑なテーマはあまり楽しくなさそうです。
 また読書体験が細切れになること、長期に渡って読み継ぐことも考慮したいですね。
 巨大な伏線が多重多層に絡まって、最後に一気に全て回収!! とかだと、「最初の伏線なんだっけ?」と言われるかもしれません。


 手軽に非日常に埋没でき、ハイコンテキスト(暗黙の了解が多い抽象度の高い状態のこと)ななろう系の需要はここにあったわけですね。


 もちろん上記の要件を満たせるのは、なろう系だけではありません。
 日常に彩りを与える恋愛。普段見えている景色に一石を投じるホラーや「少し不思議」「日常の謎」の短編も悪くはなさそうです。
 ただ「新しくそのタイトルを選択する」というのは人間の脳にとっては負荷なので、長期連載形式(=そのページを開けば新しいなんかが読める状態)を取ったほうが良さそうですね。
 同様に、どんなネタであってもWeb小説の利用シーンに沿えるのであれば「Web小説で読むに相応しい」小説となりましょう。
 想定読者を定めるとこのあたりまで深くケアできるようになるメリットがあります。


 ……とはいえ、特に読者人口の多いなろうでは、読者は一枚岩ではありません。
 どの層なにを狙ってどう仕掛けるのか。
 いずれにせよ、選んで戦うことは大事ってな話です。

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