スモールワールズ/一穂ミチ

第165回直木賞候補作 という見出しと評判の良さにつられて買った。この方は今も現役の商業BL作家で、最近は文芸雑誌にその軸足を持っていっているのかな? と思われる「小説現代」とかでの露出だったけど、まさか日本推理作家協会賞の候補にまで入っているとは、知らなかったのでびっくりした。で、BL作家として10年のキャリアをもつこの作家が、一体どんな一般文芸作品を書くのだろうと、ちょっと意地悪な好奇心もあって、よみはじめた。

 そしたらまあ、面白い!! 短編集なんだけど、どれをとっても面白い!!

面白い(三回目)。日本推理作家協会賞候補になった「ピクニック」は、一見とても繊細で優しい家族の、更に一番心を砕いて家族のことを考え、仕事を抱える身内の赤ん坊の世話を愛情籠めて育てる祖母が居る。だが彼女は警察に執拗な取り調べを受けてしまい、心が深く傷つく。だが、真実はラストの数行にあった…。

 という、私好みの、短いなかでその面白さを凝縮しつくしたような作品だった。

その6篇の作品の中から、私は「魔王の帰還」をイチオシする。魔王こと姉の真央を愛情を持って描写し、女性離れした体格と迫力に、時に震え、魔王としか形容し得ない彼女を活写するのは、弟の鉄二だ。ある日嫁ぎ先から突然帰還した魔王が、鉄二の周りのもめ事やちょっとした行き違いを、あるときはショベルカーのようになぎ倒しながら、進む、進む。やがて彼女の周りには、暖かい人の輪ができていく。だが、鉄二はやがて魔王が帰還した訳を知って……。というあらすじ。一度読んで、心が暖かい波に包まれるような気持ちになった。魔王を取り巻く状況はとても厳しいのに、彼女の持つこのバイタリティと心根は、なんて美しいのだろう。現実世界が決して思い通りにならないなかでの人間の最後の良心をみたような世界の構築が、この作家は実にうまい。あ、でもまだまだほかにも引き出しがあるのかも。

「愛を適量」では、自分を好きになれず他者に依存し、そこから満足を得ようとした中学校の先生が、自分の家族と生まれたばかりの娘を顧みずに部活に熱中し、時に生徒に食事を奢り、何時間でも話を聞いてやり、ついには300万円もする部活の送迎用ワゴン車を買に至る。そして生徒たちを乗せたワゴン車は、ある日接触事故を起こしてしまう。主人公は教師仲間や生徒たちに恨まれ、家族からも離婚され、すべてを無くしたまま、三十年近くがたつ。そこに一人娘の佳澄が、男性の姿でやってくる。

ひとつのことにのめりこむと我を忘れてその対象に有り金すべてを突っ込む勢いの情熱、傍からの冷ややかな目、自己満足という言葉での嘲笑。そしてその遺伝子は、息子(娘?)の佳澄にも確実に受け継がれていて…。

というあらすじだけど、全くもう、他人事とは思えなくて、むしろヒヤヒヤしながら読んだ。主人公がわが子の話を聞いて宙を仰ぐシーンでは一緒に宙を仰いだ。私も間違いなくこの主人公・慎悟のタイプの人間だから気持ちが痛いほどわかって、そんな自分だって、客観視するとかなり痛いと思った。

 人に依存するほど恐ろしいことはない。でもたぶん一番心が休まり、落ち着き、ぬくもりがあるものなんだろう。(私は他者が恐ろしいので、他人に依存したことは一度もない。いつも、何かの物事や作業に依存する。きつくてもつらくても。)

だから、私に言わせれば、この親子はとても度胸があって強い人達だ。次の日どうすっころぶか分からない、危なっかしい人間なんてものに、心底惚れて依存して、その人(達)のために身を粉にして働くのだから。

で、この小説のタイトルである。「愛を適量」。適量が、ほんとに分からない、だから人生で失敗ばかり。そんな主人公を温かい目でみつめている作者。そして、息子(娘?)がぶち当たっているLGBT(Q)の壁。うまく挿し入れられている古典の「とりかへばや物語」の核の部分。うまい。本当にうまい。

短編小説ならではの、するする読める快感と、余計な文言を極限までカットして作り上げられた、亀裂のない文章、世界観。

とにかく読んでいる間は時間と我を忘れた。次の話を読み始めるときも、いつもなら少しインターバルが欲しいところなのだけれども、すぐに次が読みたくなった。そしてこの作者の別な面が見たくなる。…私もこの本に依存しはじめてるのかも…。

この作者の商業BL作品は、勉強のために何冊か買いそろえてある(積読中)ので、次は、BLの作者の人間への目や引き出しを見てみようかな。

と、思わせるほどには面白い読書体験だったのであります(*^_^*)







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