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『across the universe』

昨日"平成レトロ"という言葉を知った。
平成はもうレトロなのか。

平成になってすぐの頃、私は大学を受験した。
大阪と京都の大学の受験で、母が一緒に来てくれてホテルに連泊した。

最初の受験の際、お昼ご飯を食べに学食に行った。簡素な施設だったが、その雑然とした感じが気に入った。
母は私の受験中、近くの本屋に行き「最近話題の吉本ななばの本を買ってきた」と言って『キッチン』を見せてくれた。
それが私と吉本ばななさんの出会いだった。名前の言い間違いも憶えている。

お昼ごはんを食べたあと、学食の中を見てまわった。
掲示板を見ると『先輩、貸したお金を返してください 困っています』という張り紙があった。
紙の切れ端に手書きでよろよろと書いたその字が、何とも切実な感じだった。
田舎の高校でのんびり過ごしていた私は、その張り紙を見て憧れのような思いを抱いた。今は家族と一緒に過ごしているけれど、大学生になったらひとりになるんだな…と漠然と感じた。

そして掲示板には壁新聞のような印刷したものも貼ってあった。そこには『across the universe』の音楽評が書いてあった。

ジョンレノンが亡くなったとき、私は小学生だった。ニュースを見た母が「ビートルズのジョンレノンが死んだ」と言い、私にビートルズを知っているか聞いてきた。
私はビートルズはベートーベンと同じ時代の人たちだと思っていたのでそう伝えた。母は笑っていた。そして、母はビートルズよりプレスリーの音楽の方が好きだと言っていた。

その後、中学生になってからビートルズを少しずつ聴くようになり、高校生になるとよく聴くようになった。
私はポールよりジョンがボーカルをとる曲の方が好きだった。何より声がたまらなく好きだった。

『across the universe』は大好きな曲だった。
学食の音楽評を読んでいくと、私はその世界観に引き込まれていった。
ほとんど忘れてしまったけれど、そこに書かれていたのは『この曲を聴くと、ジョンが宇宙をあてもなく漂っているような気持ちになってさみしくなる』というようなことだった。そのイメージは画像となって私に強く植えつけられた。
私の中では、ジョンは悲しそうではなく、諦観というか人を超えて浮かんでいるようなイメージだ。ただ『漂う』という状態が人である私にさみしいという感情を抱かせる。

そんなことをしながら受験の1日目は終わった。
全部で2校5学部を受験した。
後日、受験の結果が分かり、結局1日目の学部しか合格しなかった。
本当はその大学の文学部に行きたかったが、合格した学部に行くことにした。
入学後、少しの友人はできたがサークルには所属しなかった。アルバイトは必要最低限にとどめ、誰とも金銭の貸し借りはせずに過ごした。
そして音楽と文学は好きだったが、自分が考えていることを発信するようなこともしなかった。

30年以上も前のことだが、学食の掲示板の張り紙と音楽評を見て感じたことがずっと心に残っている。どこの誰が書いたものかも分からないのに。
そしてその記憶は私の土台の一部になっている。

過去の私が学食の掲示板を見たときのように、誰かがたまたま私のnoteの記事を見て何かをイメージしてくれたらいいなと思う。
そして、それが明るいものだったら最高だ。