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山のあなたに

山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。
カアル・ブッセ (上田敏訳『山のあなた』)

この詩は学校で習った。
『秋の日のヴィオロンの…』という詩も時々フッと浮かんでくることがある。
言葉の姿も、表している様も美しい。
この『山のあなた』の、"山"と"幸"はいろいろなものに置き換えることができるのではないかと思う。

私が生まれ育った場所は、小さな小さな盆地で四方を山に囲まれていた。
朝は東の山から日が登り、昼は南の山に日が輝き、夕は西の山に日が沈む。

子どもの頃、真面目に思っていた。
東の山のてっぺんに登って向こう側をのぞき見ると宇宙になっていて、真っ暗な世界があって月や星やお日さまが浮かんでいる。

自分の暮らしている世界が、全てだった。

小学校は山に囲まれた世界にあった。
中学、高校はそこから外に通った。
だんだんと外の世界を知っていく。
そうして大学進学の際、山に囲まれた世界から離れることになった。

大阪の郊外に住んだ。
太陽の塔が見えるか見えないかというところ。

一人きりの暮らしは、さみしかったり戸惑いもあったが、まずまずだった。
けれど、初めて神戸に遊びに行った時ハッとした。
「山がある!」と、心が騒ぎ出したのだ。
そして気づいた。
そうか。山がない暮らしは初めてだ。
山があると落ち着くなぁ、と。

結局、大学卒業と同時に私は元の世界に戻った。
山のふもとに戻った。
けれど一度外で暮らして帰ってくると、心持ちが変わっていた。
夕方、ぼんやり散歩に行って川縁に座ったときふと思ったのだ。
「あぁ、私はこの小さな世界で、ほんのわずかな人にしか知られずに人生を終えるのか」と。
世界はあんなに広くたくさんの人がいるのに、私はこの狭く限られた人間関係の中で暮らし、死んでいくのかと思うと急に絶望に襲われた。
「私はここにいる!」と世界に向かって叫びたいような感情が突然湧いた。

そうは言っても、私は有り体に言うとただの就職浪人だったので、周囲からの視線や不安から逃避したいだけだったのかも知れない。
自分を持て余していたのだ。

その後、少し離れた地方都市で働くことになり、引っ越した。
そこから20年近くはただただ働いてしまったので、あまり人間らしい記憶がない。

そして現在。
3年前から今の部屋に住んでいるが、うれしいことがある。
ベランダに出ると、遠くではあるが山並みがぐるりと見えるのだ。
東の山から日が上り、西の山に沈む。
心からほっとする。

"山のあなたの空遠く"
どこまで行っても、山のあなたは、山のあなただ。
ここも、山のあなただ。
そして、私は山のあなたから、山のあなたに住む家族の『幸』を祈る。
きっと、家族も私の『幸』を祈ってくれている。

ずっとずっと遠くの世界のあちらこちらでも『幸』があることを祈っている。