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小説紹介『海の仙人』

こんにちは、るしあんです。
今回は私が夏になるといつも読みたくなるある小説について紹介と軽く個人的な見解をお話していこうと思います。
明確なものは協力避けていますが構成上どうしてもネタバレが含まれるのでもう完全に前情報なしでこの本を読んでみたい方はお気を付けください。

今回紹介する小説は『海の仙人』です。著者は絲山 秋子で芸術選奨新人賞受賞、芥川賞候補にも選出された作品です。

あらすじ
 『海の仙人』は河野勝男という男とその周りの友人や少し変わった存在「ファンタジー」の間で起こる愛の物語だ。彼は29歳の頃宝くじに当選、そのまま退社し単身東京から敦賀に移住し仙人のような隔絶され、緩やかな時間の中で生活していた。そんな中突如「ファンタジー」という神や年上の女性「中村かりん」との出会い、かつての同僚「片桐」との旅等、鮮やかな経験をした後に自身の今の在り方を決定づけてしまった過去との対峙に向かおうと決心する。しかし、その重過ぎるトラウマに一人で立ち向かう事が出来ず、これまでも自分を支えてくれた友である片桐に頼り決断を遅らせてしまう。その結果その後に起きた愛する人の死に際し彼は新たに過ちを重ねてしまった深く後悔するが、この出来事を契機に自身のこれまでに折り合いを付け、また日常に戻っていくのだった。

ここからは作中の登場人物からこの作品についてと彼ら彼女らがこの作品においてどのような存在であったのかを考えていきたいと思う。

二人の女性
 本編の中で河野勝男に大きな影響を与えた元同僚の片桐とかりんは同様に河野を愛していていながら物語を通して対照的に表現されている。河野はかりんとの出会いを通して、過去からも未来からも目を背け、平穏ではあるものの緩やかに死に向かうような「今日」を生きるだけの生活から、二人で過ごす幸せな生活と言う「未来」を見る事が出来た。しかし、かりんとの時間は未来に目を向ける事は出来ても、過去のトラウマを払拭する事は出来ず、むしろそれお顕在化させてしまった。
 一方で片桐は河野とかりんの関係を把握したうえで自分の想いを隠しながら彼の幸せを考え、彼を友として支え彼に「過去」と対面させる勇気を与え、彼が挫けた時には彼を守りその過去を肩代わりした。
 この対比はかりんの死後に野球のマウンドでのピッチングを例にして表現されたが、河野と結ばれ、河野をトラウマから癒そうとするあまり自分を最後まで殆ど出せなかったかりん。対照的に、自分の意見を河野に真っ直ぐぶつけながらも、彼とかりんの関係を考え己が愛情を押し殺し、愛する人としてではなく、いつもその対極の立ち位置に意図して立とうとした片桐。この様に誰一人として愚直な恋愛を出来なかった事が、愛情だけで全てが成就する青春の様な爽やかな恋愛でなく、社会の厳しさを知り、理想が現実によってすり減らされたしっとりとした幸福と哀愁の入り混じった恋愛を作り上げているのだと感じた。

ファンタジーの存在
 本作品はファンタジーという一見胡散臭い神と河野が出会う事で止まっていた河野の世界が急速に動き出す。作中でファンタジーはその正体の一切を明言される事は無い。加えて幻想という意味である「ファンタジー」という名を冠しておきながら神をして想像しうる超常的な技を見せる事もない。しかし、そんな彼だからこそこの物語で人と人を繋げる存在として適している。また彼の「自らが自らを救うのだ」という台詞からも分かる様に決して彼が幸せを振りまく事は無く、物事の契機を生み出すのみでそこからどう進むかは当人に選択させるというあり方が、例え幸福の中でも傍らには常に絶望が口を開けている非常で現実的な作中で仮想の存在でありながら馴染めているのだと思う。

人物から見る物語
 上記で紹介した三人(若干一名は人柱とするのが正しいか)以外にも当然本作で主となる視点として描かれる河野、その河野と旅をともにする彼の同僚なども登場する。その中で特に私はこの作品を読んでかりんと片桐を軸に話が広がっていると感じた。
 終始かりんと片桐は様々な場面で対照的に表現され、各々のやり方で想いを寄せる相手に寄り添おうとした。この二人の間にいたからこそ河野は自身を見つめ直す事が出来たのではないかと思う。
 また、この作品は歳をとり、経験を積んだからこそ全てを一直線にぶつける事ができなくなった大人による物語である。よってこの二人だけを軸に物語を読むのではなく、河野自身であったり、ファンタジーに視点を置く事でそれぞれの人物の仕草や言葉に違った意味や真意を感じる事が出来るのではないだろうか。

最後に
私は本は人並に読んでいるとは思うのですが、それを人に紹介する事はこれまでした事がなかったので手探りかつ山ほど指摘点のあるものであったとは思います。しかし、私の紹介を読んで少しでも『海の仙人』に興味を持ってもらえたなら幸いです。
vol.1などと書いていますが、次回があるかはわかりません。でも気が向いたらまたこのような形で小説だけでなく色々なものを紹介していけたらなと思っています。

それでは次の機会にお会いしましょう。
るしあん

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