ばばあもどきの日常と非日常 その9「差別のこと⑤」
前回(「差別のこと④」)の続きです。
容れ物が女であるにも拘らず、性自認が男であることで、そしてバイセクシャルであることで、料理長からの容赦ない暴力に曝されていた私は、
出口の見えない日々にすっかり絶望していました。
私は店を開くためにある程度の額の貯金もしていたのですが、
料理長から(親身に開店の相談に乗ってくれるような振りをして)貯金の額を聞き出され、馬鹿正直に答えてしまい、
「女のくせに生意気だ」と因縁を付けられ、
以降、数千円、数万円と幾度にもわたってお金を巻き上げられました。
その上(これは「自業自得だ」と言われればその通りなのですが)、
生きていくことに絶望してしまった私は、「せめてこれまでお世話になった人に恩返しをしてから死のう」と思い、
過去から現在(当時)までお世話になった方々に手紙を書いてプレゼントを贈ったり友達を呼んで奢ったりして、貯金を湯水のように使ってしまいました。
「店を開く」という夢を持って入った職場でこんなことになってしまい、
それを諦めるためにまずは経済的に不可能にしてしまおう(お金を使い切ってしまおう)という意識も何処かにあったのだと思います。
今の私を知る人からしたら想像も付かないと思うのですが、
30代の頃の私は、お金にだけは困っていませんでした。
物を買うのに値段を気にしたことがなかったくらいです。
飲食店は、自分が店を開きたかったこととの関係で、値段はしっかりチェックしていましたが、
それで高かったとしても気にせず払っていました。
もし、この(暴力を振るう料理長のいる)店で働いていなかったら、私は今でもそこそこ裕福だったか、
或いは小さいながらも自分の店を切り盛りしながら暮らしていたのかな、とたまに考えます。
さて。
前回「差別のこと④」で私は「私は、この暴力の日々は私が(中略)殺されるまで続くものだと思っていました」と書きました。
本当にそう思っていたのです。
おっさん、まさかの……
以前 書いた中に、こんなことがあったのですが覚えておいででしょうか?
忘れてても構いません、今 引用しますから。
「今 私が好きな人は男性ですが、たまたま男性だっただけです。
もし彼が女性で、アフリカかどこかの砂漠に住んでいたとしても(中略)彼女を探しに行っただろうと思います。
出逢うために。」
「面倒見の良い料理長と、教育係として付いてくれた年若き先輩とに手取り足取り仕事を教えてもらいました。」
私が、毎日のように暴力を振るわれながらもあの店に居続けた理由はいくつかありますが、
その中の大きなひとつが、この「年若き先輩」です。
詳しいことは多分いずれ書くと思いますが、
一言で言うと、まあ、惚れちゃった訳です。
私、中身はおっさんなのに。
そして、紆余曲折があったんだかなかったんだか、結婚することが決まったんです。
私、中身はおっさんなのに。
それだけではなく、結婚が決まり、付き合い始めて(順番おかしいけど気にしちゃダメ)丁度1ヶ月後に、
お腹に子供が出来たんです(それを知るのはそこから更に3週間くらい後でしたが)。
私、中身はおっさんなのに。
……と書くと、「ああ、子供が出来たから仕事を辞めて、暴力からも脱出したんだな」と思いますよね、普通?
でも、事情はちょっと違いました。
私はとある事情で(これもいずれ書きます)その時は無職になる訳にはいかず、
出産ギリギリまで働くつもりでいました。
職場のみんなはびっくりしつつも祝ってくれましたが、ひとり怒り狂っていたのが料理長です。
何しろ、常々
「お前みたいな悪魔に取り憑かれた人間のことを、みーーんな嫌っているよ。恐れているよ。お前のことを愛しているのは俺だけだよ」と言っていたのに
みんなに応援されて結婚決まるし恋愛成就だし(順番おかしいけど気にしちゃダメ)子供まで授かって、
料理長的には面子が丸潰れだったのでしょう。
様々な嫌がらせがありました。
(因みに、料理長の言う「お前のことを愛してる云々」というのは決して恋愛めいたものではなく(そもそも料理長は既婚者)
それが正しいかどうかは別として「キリスト教的な人間愛」のようなものだと思われます)
所謂「セクハラ」「マタハラ」と言われるものは一通りされました。
あと地味に辛かったのは、つわりが酷くてポン酢を掛けたおうどんしか食べられなかったのに「ポン酢禁止令」を出されたことです(飲食店なので昼と夜は誰かの作った賄いを食べるか各自が何か作って食べるか、でした)。
電話を掛けてきて「まともな子供が生まれるとでも思ってんの?」と言われました。
「おろすなら今だよ、みんなには黙っててやるから」とも言われました。
私の妊娠を報告してから1週間ほどは暴力も止んでいたのですが、
料理長は暴力を振るわないと死んでしまう病ででもあるのか、1週間も経つと「お前のしたことは俺への裏切りだ」とか「やっぱり女じゃないか」とかの理由で殴られるようになり、倒されてお腹を庇ったら腰を何度も蹴られました。
殺される! と思いました。
遅れて出勤して来た先輩(今の夫)が間に割って入ってくれました。
そうしたら、料理長は彼に包丁を突き付けてきたのです。
私は、この瞬間から全てがスローモーションみたいになったのを今でもよく覚えています。
「ああ、こんなドラマや漫画みたいなこと本当にするやついるんだなぁ」
「っていうかWさん(先輩)危ない!」
(料理長とWさんの間に割って入る)←スローモーションに見えてるので余裕で間に合う
「ぅゎ、包丁 近っ‼︎」
「料理長、何か言ってる。なになに?」
「なんか『許さないからな』とか言ってるけど、それ、こっちの台詞なんですけど?」
「あ、そうだ、お腹を刺されたら嫌だから手で刃を掴んで払い除けたことにして、指に怪我を負ったら流石の経営陣もコイツのことクビにしてくれるかも?」
「でもなぁ、右手に怪我をしたら後々色々不便そうだけど、左手だと不自然に思われるかな」
……と、この辺りまで考えたところで、周りが止めに入ってくれました。
多分、時間にしたら5秒間くらいだったんだと思います。
料理長は、私の同僚に羽交締めにされながら
「2人の愛の強さを確かめるためにやってみただけだ。
これからもそうやって2人で助け合って生きていくんだぞ」などと訳のわからないことを言い、その場は何とか収まりました。
ほどなくして「俺は殴らずにはいられない人間だから、もう俺の前から消えてくれ。
今月いっぱいで辞めてくれ」と言われました。
何その理不尽で かつ違法な要求は? と思い、早速 経営陣に報告して、
これまでのことを警察沙汰にしないことと引き換えに割と有利な条件を提示されて会社を辞めることになりました。
実際、仕事を続けようにも、腰を蹴られたせいでまっすぐ立つことも上手く歩くことも出来なくなり、
この時点で仕事を辞めること自体は仕方なく納得していたのですが、
送別会の時に最後に料理長が放った一言は、今でも忘れられないし今でも許せません。
「ルル子、これを機に真人間になれよ」
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