深夜のオンライン旅行

喪失という記憶の海に溺れ
眠りという岸辺に辿り着けなかった夜

右から左から
幼な児と 父の寝息が飛び交う中

おもむろに枕元のスマホに手を伸ばし
SNSのアプリをタップ

記憶にこびり付いて離れない
その苗字を検索してみる

すると
同じ苗字の見知らぬユーザーが
次々と表示される

 いるはずがない
 いるはずがない

そう思いながら
無機質にユーザーが連なる画面を
スクロールし続けること数分

そして
現れたのは
あの頃
誰よりも求めた存在のフルネーム

プロフィール写真に残る当時の面影
学歴や職歴
出掛けた場所の写真や文章

空白の時間を埋めるかのように
新たな情報が
ずらずらと視界に飛び込んで来る

そして
交際ステイタスに記される
〈既婚〉の文字

時系列に連なるライフイベントの情報を頼りに家庭を持った時期を
瞬時に自分のそれと比較計算してみる

 ああ
 落ち着いてしまったけれど
 また逢えた
 こんな所にいたんだ…

そして気づく
SNS上から突然降って湧いてきた
メッセージを送る機会に

もう一段上昇する願いの階段
ボタンをタップしようと
恐る恐る近づける指先

あなたとわたしが
タイムラインで交差する可能性

けれど
言葉を選ぶ指先がもつれてしまい
文章はおろか単語すら出てこない

誤った言葉によって
再び傷を負い再び失うよりも
いっそのこと
白紙のままにしておこうか

そして
臆病な指先は入力画面を回避して
安全な閉じるボタンへと避難する

安堵と共に浮かび上がるのは
メッセージ以前のメッセージ

 送信ボタンは押さないけれど
 これからも
 あなたのページに
 アクセスする事は許してくれますか?

 話し言葉も書き言葉も
 交わすことはなくても
 同じ時代を生きている

 画面越しに
 あなたの存在を感じていられる
 ただそれだけでいい…

 だから
 沈黙を守ろう
 やっと見つけたあなたを
 もう永遠に失う事がないように…

時間旅行を終え
スマホを枕元に戻し
〈小さな彼氏〉の寝顔に視線を向ける

いつもの起床時間の訪れを
一人 待ちながら

#婚外恋愛詩
#婚外詩



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