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芥川龍之介 イメソン

 私の考える芥川龍之介のイメソン紹介記事です。
 イメソンとはイメージソングの略で、この曲の歌詞や雰囲気ってなんか(任意のキャラクターや関係性)っぽいよな〜と思う曲をオタクが勝手に当てはめているだけのやつです。

 私は完全に文字優位な脳みそをしているので、大抵歌詞でイメソンを決めています。
 なのでイメソンの芥川っぽい歌詞を紹介しようと思います。


『ビターチョコデコレーション』/syudou

人を過度に信じないように
愛さないように期待しないように
かと言って角が立たないように
気取らぬように目立たぬように

 この辺は弥生ちゃんにフラれたくらいの若かりし芥川っぽい。「かと言って角が立たないように」の歌詞も、皮肉屋だけど気にしいな芥川っぽいなあと思っています。

誰一人傷つけぬように
虐めぬように殺さぬように
かと言って偽善がバレないように
威張らないように

 この辺は晩年の、気にし過ぎて気の弱い芥川という感じがします。菊池寛が『芥川の事ども』で書いていた、「近代日本文芸読本」で儲けもないのに作家たちに恨まれてポケットマネーから十円切手を配ったというエピソードと、ここの歌詞を重ねているかもしれません。

↑菊池寛の『芥川の事ども』は青空文庫で読めます。

軽いジョークやリップサービスも忘れぬように
どんな時も笑って愛嬌振りまくように

 サビ前の歌詞。ここはもう言わずもがなですね。
 軽いジョークも、リップサービスも、笑って振り撒く愛嬌も、めちゃくちゃ芥川だと思います。
 実は1番のサビはあまり芥川感がないので割愛しますが、サビのラスト

ところで一つ伺いますが先日何処かで…?
やっぱいいや

の歌詞。このサビの後ろの方の歌詞なのですが、2番サビが

いやはやしかし今日が初めてで
こんなとはね君センスあるよ

ラスサビの最後が

ああ思い出した!あんたあの時の
生真面目そうな…やっぱいいや

という構成になっていて、本当になんの根拠もない私の勝手な解釈というか妄想なのですが、ドッペルゲンガーに出会ったっぽく取れる歌詞だなあと思っています。

「先日何処かで?(自分の顔なので)」
「あんたあの時の生真面目そうな(過去の自分)」

 2個目の「こんなとはね君センスあるよ」はわかんないです。ふわっとしてるもんですイメソンなんて。この同じメロディのフレーズが3回出てくるっていうのも、なんかドッペルゲンガーにこじつけられるなと今思いました。

 なんで急にドッペルゲンガーやねんと思った方に説明しますと、晩年の芥川はドッペルゲンガーを見て苦しんでいるのです。作品だと『歯車』『二つの手紙』あたりがドッペルゲンガーの出てくる作品として有名ですが、私はどちらもまだちゃんと読めていなくて、芥川のドッペルゲンガーだと『影』という作品のイメージが強いです。
 あんまり有名じゃないですし、あんまりすっきりしない感じの話です。ただ、この『影』の初出が大正9年なので、個人的には読みやすい時期の芥川です。晩年の芥川を読むのが私はまだ下手くそなので。

 で、ドッペルゲンガーの話もそこそこに2番に入ります。ちょっと割愛しまして、こちらの歌詞

人をちゃんと敬うように      
崇めるように讃えるように    
でも決して嫌味にならないように
ふざけないように

 この辺も"芥川っぽい"です。
 芥川は宗教も触れてますし、「崇めるように讃えるように、でも決して嫌味にならないように」とかは、ぽいな〜〜と思います。ぽいってなんだよって言わないでください。

毎朝毎晩もう限界 宗教的社会の集団リンチ
でも決して発狂しないように

 Cメロの後ろの方。
 「でも決して発狂しないように」の歌詞が、自分が母と同じような狂人になることに怯えていた芥川すぎる。

 ちょっと記事が長くなってきたのでかっ飛ばしてラスサビに行きます。

明日もきっとこの先も
地獄は続く何処までも   
嗚呼 だからどうか今だけは
子供の頃の気持ちのままで    
一糸まとわずにやってこうぜ

 「明日もきっとこの先も地獄は続く何処までも」の歌詞の「人生は地獄よりも地獄的である(侏儒の言葉)」感すごくないですか。

 あとこれは完全にニュアンスの話ですが、「地獄」「子供」「一糸」の言葉がひとところに固まっているせいでめちゃくちゃ芥川の『蜘蛛の糸』感が個人的にあります。


 すみません、本当はもう一曲紹介したかったのですが、あんまり長い記事を書くと私が疲れてしまうのでこれで一旦終わります。また今度書くかもしれません。
 その時はまた、なんかオタクが騒いどるわいと思って生暖かく見守ってください。

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