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「あの頃、文芸坐で」【73】井筒和幸監督、デビュー時の胡散臭さ

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文芸坐.003

1982年4月5日、文芸地下で「ガキ帝国」と「色情女狩り」を観る。彼の作ったピンク映画はこの「色情女狩り」しか見ていないが、それが見たくてこの日は映画館のシートに座ったと思う。そして、もちろん「ガキ帝国」をもう一度確認し直したかったということもあったのだろう…。

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まずは、コラムから見ていく。悪い奴が徐々に懲らしめられていく映画を見たという話。そう、この世に生き残るためには、いい人であることは絶対条件だと思う私だが、映画の中では悪い奴が見たかったりする。だから、日常で対峙する悪い奴らのことは忘れないようにもしている。長く生きてきて思うことは、人間の半分は自分にとっては「悪い奴」だということだ。そう考えることで、心がバランスをとっている感じ。まあ、悪い奴らの世界は私にとっては違う世界であることで、その強圧から耐えている感じもする。そこで爆発すると、犯罪というものが起こるのだろうと思う。だから、そこのところが「映画的なもの」だということも、また事実である。

プログラムは、この間、話した時から、変化なし。オールナイトの「日本監督大事典」で、久松静児監督と古川卓巳監督という組み合わせが追加。あまり、共通点はない感じはするが、日活アクションが始まるところで重要な監督二人と言えるだろう。これは、見に行っているのでまた後日!

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「ガキ帝国」
まず、今に至っても、このメジャーデビュー作が井筒和幸の代表作であり、最高傑作な気がする。時は漫才ブームの中で、島田紳助、松本竜助を主演に使った不良映画を撮ったという事実が今になっても大きい気がする。そして、竜助と、もう一人の主演、趙方豪も、もはや鬼籍に入っているし、紳助も芸能界から去っているわけで、そんな彼らがその時代にそこにいた証明になる映画でもあったりする。とはいえ、ライバルのあしたのジョー役の升毅は最近は多くの作品にバイプレイヤーとして出ているのが、なんか不思議であったりもする。とにかく、この異次元は何回見ても、観客に強い圧力をかけてくるし、生きるのが難儀なこともよく訴えかけてくる。そう、私にとっては田中登監督「㊙︎色情めす市場」伊藤大輔監督「王将」とともに、大阪映画の最高峰と言ってもいい。みんな、生きるのに難儀な人間ドラマだ。こういう青春映画が撮れた時代に生きていたことを私は誇りに思う。そういう映画だ。だからこそ、その後の井筒作品は、イマイチ乗り切れないということはある。そう、「ガキ帝国」はその続編で、今や見ることさえ難儀になった「ガキ帝国 悪たれ戦争」と共に、もっと語られるべき映画だと思う。ラストシーン、機動隊に追われ、駆け込む居酒屋で「ビール一杯!」この記憶に残るシーンは、本当に好きなシーンである。

「色情女狩り」
高橋伴明監督「TATTO刺青あり」より先に、三菱銀行猟銃監禁事件を描いたピンク映画だ。主演は、「ガキ帝国」にも出ている、紗貴めぐみ。ロマンポルノにも何本か出ている女優さんだが、すごく眼からギラギラしたものを感じるグラマラスな女優さんだった。杉本美樹系の女優さんですね。そういう意味では私は大好きだったのでしょうな。こういうタイプの女優さんが再度、出てくることを望んでいたりする昨今です。とはいえ、この映画の記憶はあまりないのですよね。これを見に行ったはずなのに、どうなのでしょうか?当時の私の評価を見ると中の下といった感じですね。でも、井筒監督の若き日の勢いはあったような記憶はあるんですけどね。

まあ、井筒和幸、くたばる前に、もう一本、この時代の映画撮ったらどうだろうか?と思う。そこから現代に言いたいことを言った方が、この人は説得力がある気がする。

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