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ユニコーンファンになったきっかけ。

ここでは、17歳の小娘が、全く世代じゃないユニコーンのファンになったきっかけについて話そうと思う。

私は幼い頃から、ピアノ教師であり音楽に親しんできた母の影響で、クラシックや童謡を聴きながら育てられた。(母曰く、「シンセの音は日常に溢れているからわざわざCDで聴かせる必要はないと思った。生の楽器の音を聴かせて、本物の音がわかる耳にさせたかった。」らしい。)


そのせいか私は成長と共に、クラシックから演歌・歌謡、果ては民族音楽まで、好んで幅広く音楽を聴くようになっていた。みんなが嫌がる音楽の鑑賞の授業も全く嫌いではなく、むしろワクワクしながら授業を受けていた。


そして高校に入った私は、紅白歌合戦で観た、椎名林檎さんと宮本浩次さんのコラボ楽曲で、宮本さんの異次元の歌唱力とパワーに衝撃を受け、ありとあらゆる宮本さんの動画をYouTubeで見漁っていた。


そんなとき、宮本さんの動画の関連で、非常に気になる動画がおすすめにあがってきた。

「奥田民生 レーザービーム」


「奥田民生…?ってさすらいの人だよね?レーザービームってPerfumeの!?え、あのいかにもおじさんですってかんじの人が!?」
とんでもなく失礼な話だが、奥田民生という名前は知っていても、年齢や曲もさほど知らない、なんなら現在も活動している人なのかすら知らなかった私は、若者の曲を歌うようには到底見えないおじさんが、あろうことかPerfumeの曲を上手く歌えるとは思えなかった。が、それは杞憂だった。

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