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蟹を飼うということ

2020年夏、蟹を飼い始めた。

それは計画的なものではなく、突発的な始まりであった。
息子と磯遊びに行った時に、岩間に隠れていた蟹を見つけた。
「見つけた」瞬間に「捕まえてみたい」と思うのは必然であり、そのピュアな欲求に関しては大人も子供もない。
息子が飽きて他の魚を追っかけている間も、黙々と蟹と対峙する僕。
最終的に僕のしつこさに根負けした蟹を海水で満たした虫とり容器にいれて、息子に誇らしげに掲げた。
「捕まえた」瞬間に「飼ってみたい」と思うのは子供の必然であり、そのピュアな欲求には後に控える「飼育の大変さ」は考慮されていない。

帰り道にまず水槽を買いにホームセンターに寄った。
蟹の飼育など経験がないため、店内で右往左往していると、親切な店員さんが声を掛けてくれた。
蟹は雑食であり基本的に何でも食べるということであったが、念のためお勧めされたエビ飼育用の餌と砂利も購入した。
近場の海に海水も取りに行った。
即席の飼育環境をセッティングし、蟹との同居生活がスタートした。

飼い始めてすぐに気が付いたことは、フィルターの必要性であった。
フィルターというのは水槽内の汚れた水を濾過し循環させることで水質の汚染を防ぐものである。
このフィルターの存在は最初にホームセンターに行った時点で気付いてはいたが、魚じゃないし、蟹だし、大丈夫っしょ的な考えで気づいていないフリをしていた。
しかしこれがないと水は数日で濁り、異臭を放つこととなったため、すぐさまホームセンターに駆け込み購入することとなった。
また毎回海水を汲みに行くことが大変であったため、人工海水の素もネットで購入した。
水道水を煮沸し、カルキを抜き、水と人工海水の素の量を計測し、混ぜて人工の海水を作った。

少しずつではあるが、環境を整えていき、現在も蟹と僕らの生活は続いている。
以前は魚や爬虫類といった「人に懐かない」と一般的に考えられている動物を飼育する面白みは理解できなかったのだが、今なら少しわかるような気がする。

ただ眺めているだけでいいのだ。
水槽の中を動き回る蟹を見ていると、「あぁ、お前も僕も生きているのだよな」と思う。
ただ一緒の空間に「人ではない何かが生きている」ということは「人の世の中などこの広い世界の一部分でしかない」という当たり前だがついつい忘れがちな事実を僕に思い出させてくれる。

今日も家に帰れば蟹がいる。
この生活がいつまで続くかはわからないが、可能であれば長く続いて欲しいと思う。
蟹と僕の間に心の交流など皆無であるが、それでいい。
ただそこにいてくれるだけで僕は勝手に蟹に救われているのだ。

#蟹
#飼育