QUIKSILVER(芳野×祐希)

「辻さんって穂積くんと付き合ってるの?」
 私はこの手の話題が振られる度に、勢いよく首を横に振って芳野に変な噂がつかないよう一生懸命に弁明するようになった。
 そんなわけないだろ、私と芳野じゃ釣り合うわけない。えー本当かなぁ、でもまあとりあえずそういうことにしておくね。……そのような会話。
 正直、頭を抱えてしまう。
 芳野の耳にも届いてる話題だが当の本人はいつもの猫を被ったキラキラした爽やか王子様、なんてオーラを振りまきながら曖昧に笑うだけ。私だけ頑張っているのがなんだか馬鹿らしく感じてしまう。
 芳野は気にしていないのだろうか。慣れっこだとも言わんばかりの堂々とした姿には感服するが、私としては迷惑をかけてしまってるという罪悪感に苛まれてしまい居た堪れない。
 まだあまり広まっていないからいいものの、これがどんどん広まってしまったらどうなるんだろう。そう思うと胃が少しキリキリと痛んだ。

 3階の方の、つまり松江や芳野、麻也たちが使う共用スペースで、オシャレなローテーブルを両側からソファーで挟んでいるスペースには私が片方のソファーの背もたれに体重を預けて座り、もう片方のソファーには台本を読み耽る芳野が片肘をついて座っている。
 さっきまで松江も入れた3人でバスケをしていたのもあって体にはいい具合の疲労が溜まっている。
 ちなみに松江は現在町内をランニングしている。元気が有り余ってるそうだ。
「なあ芳野」
「あー?」
 呼びかけてみるも、芳野は空返事だけ曖昧にし、目線も下を向いたままで台本のページを捲っている。紙が擦れる音がやけに耳に残った。
「私あんまり芳野に話しかけない方がいいのかと思い始めてて」
「あ?なんでだよ」
 突然台本から顔を上げて、少し怒ったような口調の芳野に少しばかり驚いた。てっきりまた空返事かと思ったが、どうやら芳野にとって都合の悪い話なのか眉間にシワが寄っている。
「だっ、て、私のせいで芳野に変な噂がついたら申し訳ない。学校で話すのは、寮内で話すのと訳が違うのをやっと理解して……」
 しどろもどろと話す私を芳野は不機嫌そうな顔のまま見ていた。
 芳野は、モテるのだ。容姿が整っており、とても同学年には見えない魅力を高校一年生には十分すぎるほど持っている。女子たちからは「さすが穂積くん。芸能人のオーラが受け継がれてる」と黄色い声が上がる。好意をよせている人は少なくはない。
 そんな人と私なんかが普通に話していて周りの人はどう思うだろうか。どういう関係なのか疑うだろうな。芳野と同性ならまだしも異性同士なら疑ってしまう人もいる、こればかりは仕方ないのことだ。だからこそ私は自重しないといけないという判断になった。
 私が芳野に迷惑をかけてしまっては……申し訳ない。
 まあ、私と芳野じゃ釣り合わないのもあって皆すぐ納得してくれる。そこらへんは本当によかった。
「……んなこと気にすんじゃねーよ。馬鹿か」
「馬鹿って」
「お前らしくもねーな。そんなこと気にすんのか」
 意外だな、と芳野が呆れた口調で呟く。意外、なのか。そうか。
「だって友達に迷惑かけれない」
「……」
 芳野にはもう既に迷惑をかけてるようなものだ。芳野の本性を知ってしまって、でも私とこうやって仲良くしてくれて、私の軽はずみな言動で危うく芳野が築きあげてきたものを崩しかけた時もあったがなんとかそれは阻止できて。
 迷惑はもうかけれない。かけたくない。そう思う。
 だが芳野は寂しそうに目を伏しがちにしており、その時ポロっと。
「……俺は別にいいけどな」
「……は?」
 芳野の口から零れた言葉は私の耳に確実に届いてしまった。
 それはどういう意味で?という疑問が浮かぶ中、芳野はため息をついて台本を閉じ、テーブルに置いた。
「寝る。起こすなよ」
「え、あ、あぁ」
 突然のことに驚きを隠せない。芳野は私に背を向け、ソファーに寝転がってそのまますぐに寝息を立て始めた。寝つきがよすぎる。
 ……私もなんだか眠くなってきた。バスケ、楽しかったけどやはり疲れた。松江や芳野がやってるのを見よう見真似してただけなんだが筋がいいと松江に褒められて、ちょっと調子に乗ってしまった。
 欠伸をひとつすると、私も芳野のようにソファーに寝転がった。パリッとした革生地じゃない、布地のカバーなだけあって触り心地がいい。
 ​───数秒後には、私も人のことが言えないほど微睡みに呑まれていった。

***

 俺がふと目を覚ました時、スマホをつけて時間を確認すれば不貞寝をしてからそれほど時間が経っていないことを確認しまた消す。
 ガシガシと朝完璧にセットしていた髪の毛を乱暴に掻く。無造作ヘアーになってしまったがそれも似合うので俺は特に気にしない。それは気にしないが、なぜか祐希も俺と同じように反対側のソファーで寝ていたことに関しては気にした。
 マジかよこいつ、と思いつつソファーから立ち上がり、祐希の寝てるソファーに近寄れば不用心すぎる寝顔が拝めた。ソファーの長さが足りないのもあって体を縮こませて寝ている祐希は胎児のような姿だった。
 つい出来心でスマホをまたつけて、カメラアプリを起動しシャッターを切ってしまったがまあそれはいいとして。
 よくもまあ、無防備に寝顔が晒せるものだと逆に関心してしまう。
 祐希が寝ているソファーの、空いてる隙間にそっと腰を下ろしてじっと祐希を見る。起きる気配がない。
「起きろ」
 肩を揺らして起こそうとする。だがすやすやと寝息を立てたまま起きようとしない。
「起きねえとイタズラするぞ」
 寝ている奴に手を出す気はさらさらないが。そう思いつつも耳元に口を寄せ、囁くように言った。
 まあ、起きない。俺は少しイラッとした。懇親のイケメンボイスを出してやったというのにこいつは。
 まあいいか、とため息をついて、とりあえずなにか上にかけるものでも持ってきてやろうと思った時だ。どこかで聞いたことのある音楽が鳴り出した。
 それは祐希が好きだと言っていた曲で、その曲が祐希のスマホから流れている。画面が明るく灯り、そこには【速水慎】の文字が表記されていた。電話、鳴ってんな。
 出来心がまた生まれた。これは恐らく人としてどうかと思うことだが、まあ以前の仕返しということで。あと、今ちょっとモヤモヤしてるしその解消も兼ねて。
 それになにか急用かもしれない。祐希も寝てるし、別に俺が代わりに出ても問題は無いだろう。
 自分に言い聞かせるような言葉を脳裏に並べて祐希のスマホを耳に当てる。これは耳に当てるだけで電話ができるタイプだからすぐに繋がった。
『今どこ。部屋にもいないみたいだし。時雨が寮に入ったのは見たのにいないって言ってるんだけど、どこなの』
 単刀直入すぎる用件に俺は苦笑い。すぐ上の階にいるんですよーと教えてあげればいいのだが、速水はどうやら電話に出てるのが大嫌いな穂積芳野だとは思っていない。
 というわけで、だ。ごほんと1つ咳払いをしてからすうと息を軽く吸う。
「速水くん」
 顔が見える訳でもないのに、“いつもの”優しげで爽やかな王子様スマイルを浮かべて素よりワントーンほど明るい声音を出す。
『…………お前祐希じゃないな』
「うん。穂積芳野って言ったらわかる?」
『わかりたくない』
「ひどいなぁ」
 速水の声が一気に不機嫌になったのがわかる。本当に俺のことが嫌いなようだ。結構結構、そういう奴がいると俺も有名になったなって感じある。
『なに、祐希今電話出れないの?何してんだか。ならさっさと帰ってこいって言ってたって伝えて────』
「わかったよ。祐希、今俺の隣で寝てるから起きてからでもいい?」
『………………………………え』
 俺の言葉にたっぷり3秒は停止していた速水に思わず吹き出しそうになったが堪えた。ここで吹き出してはいけない。
 俺は余裕ですよ、なんて調子でさらに言葉を紡ぐ。
「疲れちゃったのかな。まあ激しい運動だったし、仕方ないね」
 ドタドタドタ!ガタッ!バタンッ!ブツンッ……
 おーおー慌てて部屋出たんだな、と思わせる音だけをスマホ越しから聞き取っていると、その直後通話は切れた。
「……バスケの話だよ、ばーか」
 呆れた、何を考えてるんだか。俺も意地が悪かったとは思うけどよ。
 祐希への好意を本人は隠してるつもりだろうが全く隠れきれてないのがまた面白い。速水慎は素直じゃないが正直だ。
「大事にされてんな、お前」
 寝ている祐希に声をかけてみる。当たり前だが返答はない。
 ​​───ドタドタとうるさい足音が聞こえてきて「漆島ーー!!」とさっきまでスマホ越しに聞こえてきた声が、共有スペースと通路を区切るドアの向こうで響いていた。
「は、速水……?なんでここに……いやそれよりすごく息上がってるぞ、体力ないんだろ、あまり無理をしたら……」
「んなことは!げほっどうでも!いい、っはぁはぁ………ふー………から!穂積芳野の部屋どこ!」
「芳野の部屋?芳野に用があるのか?今は共有スペースにいるはずなんだが……」
「は?……まあ、いいや、どうも」
 そんな会話を耳にしつつぼけっとスマホをいじっていると足音が徐々に、こちらに近づいているのがわかる。
 俺は逃げも隠れもしない。……今のちょっとかっこよかったな。
 ガチャリ。ドアノブをひねられた音がし、扉が開かれた。
 当然入ってくるのは日本人離れした顔立ちに青い猫のような目を埋め込まれており、その顔に良く似合う銀色の癖毛。身長は俺と同じくらいの170くらい。一見見目麗しい美少年だが眉間のシワによってそれが半減。俺の姿を青い目で捉えると舌打ちしさらに半減。ちょーっと猫被っとけば確実にモテるであろう容姿を言動で無駄にしていくこの男は速水慎。
 俺が嫌いらしい。
「……祐希にナニしたんだ」
 じっとりとした目には怒りが孕んでる。おーおー怖い怖いと呑気に考えられるくらい俺は余裕だが速水は余裕がなさそうだ。少し泣きそうに見える。
 少し意地が悪すぎたか、と軽く反省し俺はニッコリと爽やかに優しく笑ってみせた。速水慎はこの笑顔が嫌いなようで元々顰めてた顔をさらに顰めた。
「なにしたって……一緒にバスケしただけだよ?松江もいれて3人で」
「…………………………ばすけ」
「祐希すごいんだよ。センスあるかもねぇ、秋の球技大会はぜひバスケを選んだ方がいいよ」
「…………………………ばすけ」
「うん。バスケ。バスケットボール
 ​───────もしかして別のこと、想像してた?」
「っ〜〜〜〜してない!!!そうだと思った!!!あー祐希の馬鹿!!!!」
 この行き場のない怒りをどこに向けたらいいのかわからない、なんて顔をしながら「ほら起きろ!!!帰るよ!!!!」と祐希の額をペチペチ叩きながら言っている。
 恥ずかしいよなぁ、だよなぁ、存分に恥ずかしがれとくつくつと笑う。もちろん心の中でだ。
 祐希が半分寝ぼけた様子で起き上がっており「あれ、なんでまこと、そんなにおこってんだ……」と若干舌足らずというか、寝ぼけているんだなと思わされる話し方でちょっと可愛い…………とは別に思っていない。断じてだ。
「そこの二重人格がカマかけた」
「二重人格だなんて、そんなわけないじゃないか。ねえ祐希?」
「え、う、うん。ソダナー」
 おいこらちゃんとフォローしろ。と思いつつも俺はニコニコと笑顔を浮かべる。
 不機嫌な速水は相変わらず俺のことを見もしない。祐希の腕を軽く引っ張って「早く」と急かしている。んな取って食うわけでもないのにな、と。
「じ、じゃあ芳野。また明日な」
「祐希!いいから行くよ!」
「またね祐希〜」
 2人がせかせかと(速水が急かしているだけ)元の階へ帰るため通路に繋がるドアを通り、ドアが閉じるまで俺はニコニコと笑みを浮かべ続けた。そして閉じて数秒後には素の俺の顔になる。爽やかさが消えた、とよく松江に言われるのだが素の俺だって爽やかだろうがと強気に出ている。そんなことは、まあどうでもいいが。
 ……どこか引っかかる、祐希から発せられた「友達」という単語。どうしてなのか原因はわかっているが​───わからないフリをしよう。祐希曰く俺とは「友達」な関係。そう望むなら、俺はそうするさ。
 隠すのは昔から得意だと自負している。
 後に松江がやってきて「祐希、速水に連れていかれたな。いいのか?」と聞いてきたが、何が?と鼻を鳴らして答えてみせた。

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