Happy birthday~6月3日~(時雨×祐希)

 学校から帰宅し、ローファーをすぐさま脱ぎスリッパに履き替えてロビーに出る。玄関とロビーをつなぐ扉のすぐ横には百均で売ってるホワイトボードがあり、黒い線で二つにばつんと区切られている。その片方に在室とプリントされたシールの貼られたマグネット、もう片方には外出とプリントされたシールの貼られたマグネットが隅っこにいる。藤村時雨のマグネットが在室枠に白いるのを確認して、私は自分の名前のマグネットを外出枠から在室枠へと移動させて足早に階段へと向かった。
 たんたんと2階へと上がっていって少し進めば時雨さんの部屋の前まであっという間に着いた。
 ふう、と一息つく。少し緊張しているのだ。喜んでくれるといいのだが、という思いがこみ上げくるのを抑えつつ、扉を3回ノックした。コンコンコンと軽快な音が鳴った数秒後、ガチャリと扉が遠慮がちに開く。
「祐希か。どうした?」
 まだ制服姿の時雨さんが現れる。ブレザーは脱いでいて、いつもかっちり締めているネクタイも外されているため首元がいつもより開放的でボタンが2つほど外されたワイシャツの隙間から鎖骨がチラリと覗く。思わず目を奪われそうになるもしっかりこらえて、私はスクールバッグの中から1つの袋を取り出す。
「お誕生日おめでとう、ございます。よければこれ使ってください」
「……いいのか?悪いな」
 一瞬驚いた顔をした後ふにゃりと優しく微笑んだ時雨さんはとても嬉しそうに見えた。私も嬉しくなって、柄にもなく少し照れてしまった。
「雑貨屋さんで見つけたクラゲのマスコットキーホルダーが可愛くて、時雨さんにあげたくて。気に入ってくれると嬉しい、です」
 時雨さんが早速袋の中を開けてみているため、おずおずと口を開く。人差し指と親指で吊るされた、デフォルメされたつぶらな瞳がちょこんと描かれているクラゲがゆらゆら左右にゆれている。
「へー、可愛いじゃねえか。俺がクラゲ好きなの覚えてくれてたのか」
 良かった、喜んでくれてる。時雨さんの弾んだ声に鋭い目付きも柔らかく見える笑顔を見て私は心底ホッとした。胸を撫で下ろす私に「祐希」と時雨さんから声が掛かる。
 顔をあげればむに、と。私の唇に私が時雨さんへとあげたクラゲが軽くくっついている。
「ありがとうな」
 そう言って微笑。クラゲは唇から気づけば離れていた。何が起こったのか、脳が理解するよりも時雨さんの行動の方が早かった。
「飯、食いに行くらしいから祐希も早く着替えろよ?」
 優しい声音で告げられ、ばたんと扉が閉じる。私はようやくさっき何が起こっていたのか理解してきたといところだった。
「…………は〜〜〜……」
 迷惑承知で時雨さんの部屋の前でうずくまってしまう。
 なんとなく、ぺたりと頬に触れてみる。熱いのかどうなのかわからない。ただ熱い、という感情は芽生えてる。多分熱いのだ。続いて唇に触れる。クラゲとキスだなんてなかなかない経験だ。いや、マスコットだけど。
 私は大きく息を吐いて、勢いよく立ち上がった。とにかく、着替えないといけない。私だけ準備が遅れてしまっては他の人に申し訳ない。
 気持ちを切り替えようとするも、心臓が早鐘を打つ。
 ……ああもう、本当に時雨さんはなんてことをしてくれたんだ、イケメンにしか許されないことをさらっとやってのけてしまって。
 さすが、というか。なんというか……。時雨さんには適わない、と思わされてしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?