「早く帰ってこいよ」(芳野×祐希)

「は?帰省するってマジ?」
「うん、そう」
 寮内でいつも通り、3階と4階の階段の踊り場で芳野と話しており私が土日の間帰省することを話すと芳野が素っ頓狂な声を上げて驚いた。
 そんなに驚かれるとは思ってもみなかったため私も少し驚く。
「なんだ、寂しいのか?」
 ニヤリと笑ってみせる。もちろん冗談のつもりだ。
 だが芳野はハッとし、口を少し開いては閉じてを繰り返して​────
「……そうだよって言ったら、早く帰ってきてくれんのか?」
 ​────期待してるような、不安げな眼差しを向けて、いじらしい、芳野らしくない姿。少し可愛いと思ってしまった。美少女の姿なら間違いなく男が落ちたであろうものだった。だが芳野のようなイケメンでも十分に破壊力がある、さすがである。
 しかし、だ。
「……芳野、からかうのはよしてくれないか」
「けっ。バレたか」
 私の呆れた声に、けろっと。さっきまでの姿とは一転していつも通りの芳野になった。階段の手すりに両手をつきふんぞる芳野はやはり相変わらず威風堂々としており、これで高校一年生かぁすごいなぁと思わされる。
 そこそこ一緒にいる期間が長くなると芳野がいつ演技してるのか少しわかるようになってきた。いや今回のはわかり易かったが。
「当たり前だろ」
「ドキドキしたか?」
 芳野がニヤニヤ笑って首をかしげ問いかけてくる。さっきの私の仕返しか?
「これで見た目が美少女だったらなぁとは思った」
「おいてめーこら俺様の顔じゃご不満ってか。ど失礼な奴だな」
「芳野はかっこいいと思ってるぞ」
「……そうだろ?そうだろう。ふふん、当たり前なこと言うなよ」
 適当に言ったつもりだったが芳野は満足そうに笑っている。まあ実際芳野の容姿はとても整ってるしなぁ、と思わずまじまじ見てしまう。
 私の視線に気づいた芳野が「あんだよ金取るぞ」と言ってきた。お金取ってもいいレベルの顔の良さだけども、はいはいと適当に流して「私は自分の階に戻る」階段に足を運んだ。
「あ、おい祐希」
 何段か降りた時に、ふいに芳野に呼び止められる。振り返れば、踊り場の手すりで頬杖をつく芳野が見えた。
「早く帰ってこいよ。……俺様じゃなく、松江が寂しがるからな。ほんとだぞ」
 目元が弓なりの柔和な笑顔に、上から落ちてくる優しい声色。いつもの猫を被った時のキラキラオーラを振りまく爽やかな笑顔とトーンが少し高めの声色とは違うし、ふんぞり返った俺様芳野様な雰囲気でもない。ああもう、これだから顔のいい奴は。ちょっとした変化ですぐ人の心を安易にかっさらう。
「……松江が寂しがるなら早く帰ってやらないとな」
「俺様はどうでもいいってか」
「寂しくないんだろ?」
「……おおそうだ。全く全然。でもなんかムカつく」
「はいはい。芳野のためにも早く帰ってくるよ」
「それでいい」
 また芳野は満足そうに笑った。……芳野は、よく笑う人だ。一緒にいるようになってよくわかった。
 素の姿も十分素敵だと思うんだけどな、とは思いつつこの姿を見れるのはごく少数で、私はその内の1人であることに優越感に浸れるしまあいいかなとは思える。

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