甘くてあたたかい、そんなもの。(ナツキ×祐希)

 二月十四日。本日はバレンタインデーだ。……だからと言って何かをする訳でもない。昨年の私なら。だが今年は陽乃と亜都に友チョコなるものを渡したいと思って、用意した。正直かなり緊張している。本命チョコを渡す女子はきっとこんな気持ちなんだろう。いや、私が渡すのは友チョコだが。
 そして。ついにやってきた昼休み。時雨さんお手製のお弁当と、可愛らしいパッケージに一目惚れして買ったオランジェットをしっかり持って、陽乃と亜都との待ち合わせ場所に向かおうとした。
 そう、向かおうとしたのだ。だが向かえない。なぜか一年の階にいるナツキさんにゆく道を阻止されているからだ。
 教室を出て数歩のところ。人通りもそこそこの昼休みの時間なのもあって「なんで地味女とイケメンが一緒に?」という目で見られるがナツキさんは特に気にする様子はなかった。ならば私も気にしないようにしよう。
 完成された顔立ちに、長い睫毛に縁取られた甘ったるい茶色の目、そしてすぐ近くにある泣きぼくろが色気を演出している。今日も顔が良い。今日も誰もが見惚れる中性的な美形さん。
「……ナツキさん」
「……」
「二年生は二階ですよね? ここ三階ですよ。一年生の教室がある階です」
「……知ってる」
 知っていたようだ。当たり前だよな、うん。
 淡々と返されるもので私も少し困ってきた。独特の雰囲気を持つナツキさんは正直何を考えているのかわからない。おかげでこの行動の意味もよくわからない。さてどうしたものか、と考えようとしたところで「……それ」心地よい、低い声音が聞こえた。ナツキさんの声だ。相変わらず声まで良い。
「……誰にあげるの?」
 整った顔をずいっと寄せられる。どきりとしたがそのことを顔に出さないよう気をつけて、少し仰け反った。ナツキさんの方が身長が十五センチは高いのもあって見上げなければいけないから。
 それ、とは、きっとオランジェットのことを指しているのだろう。
「と、友達です」
「……ほんとに?」
「本当です。陽乃と亜都にあげようと思って」
「……」
 じっと。甘ったるい目が私を捉えている。緊張した空気に表情でやられるとこちらまで緊張してしまう。
 嘘なんて言ってないぞ、という目で見つめ返した。私の思いが伝わったのか、どこか緊張したナツキさんの表情がふっと和らぐ。和らぐと言っても普段から表情の変化が乏しいため微々たるものだが。
「……じゃ、いいや」
「?」
「……俺の分は?」
「寮に帰ったらありますよ」
「……ん」
 満足そうに頷くナツキさんは少し嬉しそうに見えた。チョコ、そんなに欲しかったのか。
「もしかして自分の分はないって思ったんですか? 大丈夫ですよ、皆さんにお世話になってるからちゃんと用意してます」
 というか、ナツキさんは色んな人から貰っていると聞く。あげる側の人はほとんど餌付け感覚だそうだが。バレンタインだからーとチョコ菓子を得ているために帰宅時間にもなればリュックの中はお菓子だらけらしい。義理チョコや本命チョコであろうものも全部等しくいただいて、お返しは皆まとめてクッキーを配り歩いてるとか、以前芽吹さんが可笑しそうに話してくれた。本命チョコを渡した人、可哀想に。「……そうじゃ、なくて」
「?」
「……朝、大事そうにカバンにしまってるの、見えて……」
 ゆったりと。自分のペースでナツキさんは喋る。ナツキさんの話し方はとても眠くなるのだ。
「……祐希が誰かに本命チョコあげるのかと思って、妬いちゃった。ごめんね、勘違いだったから、気にしないで」
 そんな眠気を誘う口調でさらりと。整った顔立ちに少し照れくさそうな表情を浮かべて、とんでもない爆弾を投下した。びっくりしすぎて絶句した。
「っあ、あの」
「……俺もう教室戻るね。じゃあ、また寮でね」
 やっとの思いで絞り出した声は既に遅く、ナツキさんがヒラヒラと手を振って階段のある方へ進んでいるところで。
 私は早歩きで、陽乃と亜都の元に向かった。

「ゆーちゃん! ゆーちゃんゆーちゃん!」
「亜都、静かに」
「ひーちゃんローテーションだね。ゆーちゃんからのチョコ楽しみじゃないの? あたしは楽しみだけど!」
「楽しみに決まってるでしょ。でも開口一番にそんなに連呼されても困るでしょ、祐希が。ねえ、祐希」
「はいはーい。ごめんねゆーちゃん。……ゆーちゃん?」
「祐希、顔赤いわね。どうかしたの?」

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