れっつらくっきんぐ(芽吹・ナツキ・時雨)

 ……………………………………暑苦しい。
 そんなスッキリとしなくて、拭いきれない不快感に侵食されていくことに耐え切れず目を覚ました。夏に近づいてる、というよりも最早夏だ。昼間は25度を軽々超えた気温で、学校が蒸し暑かったなぁと朧気に思い返す。
 それから、ベッドの上で何度か寝返りを打ってベスポジを探す。見つかったので目を瞑る。しかし、どうしても寝付けない。冬場あんなに優しくしてくれた布団だというのに、夏場は随分と厳しい。俺とナイスな夜を明かそうよ、なんてアホみたいなことを考えてしまうくらいには頭をやられていた。
 うーんうーんと唸り声をあげていたら、唸り声以外の音が響く。ぎゅるるると、それはもう豪快に。その音は俺の腹から鳴った。……腹、減ったなぁ。
 スマホの電源をつけて時間を確認すればすっかり日付が変わってしまった12時に回っていた。今ならまだ時雨は起きているだろうか、と幼馴染みその1の姿を思い浮かべる。またお腹が鳴った。これは、もう、行くしかない。じんわりと汗で湿った額を拭って起き上がるとすぐさま部屋を出た。善は急げとも言う、早く時雨の元へ行こう。歩きながら、腕につけていたヘアゴムで襟元にかかる自分の髪の毛を雑にくくった。先ほどよりかは涼しげになった。
 共有スペースに行けば、ソファーで深夜番組を見ている目的の人物を発見。長い黒髪を一つにまとめて、着ているTシャツの袖を捲っている。そーっと近寄り、驚かしてやろうと思った────が。
「芽吹?」
 案の定気づかれた。つんとつり上がった切れ長の目が俺に向く。
「おはようご!」
「ド深夜だ」
 俺の元気な挨拶は時雨のため息と共にばっさり。ラウンドダウンされたよ、カナピー。
 時雨が立ち上がる。俺とそう変わらない身長だから目線はほぼ同じ。
「で、何の用だ」
「お腹空いた」
「……ま、それ以外ねえよな」
「へへへ」
「へへへ、じゃねえ」
 またため息。時雨、そんなにため息ばっかついてると幸せ逃げるよ。そう言えば「幸せ皆に分けてるんだよ」と口角を上げて返された。深夜テンションでせうか、時雨のキャラおかしくてウケる。
「まあ俺も腹減ったしなんか作るか」
「深夜だし腹にくるのはあれだからスープ系みたいなのがいいなー」
「そうだな。じゃあトマト缶消費してえしミネストローネにするか」
「っしゃ!」
「手伝えよ」
「任しとけ!野菜切りの芽吹とは俺のこと」
「はいはい」
 自慢げにガッツポーズして見せたら呆れられてしまった。おおん。
 夜食のミネストローネを作るために俺と時雨はキッチンへ移動。
「トマト缶、安いからって買いすぎてたから困ってたんだよな」
 そう言いながら棚からトマト缶を出す時雨と並行して俺は野菜室からじゃがいも、にんじん、玉ねぎを2つずつ取り出す。時雨に「1個で十分だ」と言われたから渋々1つずつ戻した。ぐすん。
 他にも枝豆、ウインナーを出して先ほどの野菜の隣に並べた。時雨が鍋にオリーブ油とチューブのニンニクを入れて炒めてる間にウインナーと野菜を食べやすい大きさに切る。切り方はよくわからないけどとりあえず食べやすければいいだろとザクザクと。包丁で食材を切るのは嫌いじゃない。俺はちょっと遊び心が芽生えたのでにんじんを花形に切った。
 星型やハートにもしてみた。なかなかうまくいって満足しているとニンニクのいい香りがして、ウインナーがぱちぱち焼けているいい音を発している。
 そして俺が切った野菜たちも鍋に投下されていき、炒められる。形切りした時に出たカスも「もったいねえからいれんぞ」と豪快に鍋へ。さらばべじたぼー……。
「芽吹、水計量カップ一杯にいれてくれ」
 野菜たちが鍋の中にダイブしてから間もなくして、時雨から司令が出された。その姿はまるで参謀長長官……なんてびしっとした軍服を着た時雨を想像した。思いの外似合う。
「500?」
「そ」
 余計なことを考えつつもちゃんと計量カップを取り出して、水を計量カップ一杯分勢いよく水を出し入れた。少し入れすぎてしまいたっぷたぷしている計量カップをそっと持っていけばそれもまた鍋へ。そしてすかさずトマト缶と固形コンソメも投下し、火を調節して煮る。遅れて枝豆が野菜たっぷりのスープの中に入浴。息をいっぱい吸い込めば、いい匂いが鼻を通って口に広がった。「すげーうまそ。これもう食べれる?」
「確か野菜がやわくなるまで30分くらい煮るはず」
「おう…」
「それくらい待て。灰汁取り任せたからな」
「あーい」
 時雨が使った器具の片付け、皿の用意、俺がおたまと小皿をそれぞれ片手に灰汁取りをすること約30分。時雨が塩とこしょうで味を調えて少し味見。満足そうな表情でぐるぐるとかき混ぜて、用意していたお皿に盛り付け始めた。本当はパセリがあれば振りかけたかったがなかったようで少し残念。
 あー俺も食べたい!という思いを込めて目を輝かせてみたが時雨はガンスルー。仕方ない、もうすぐ食べれるし諦める。
 トマト缶1つ丸々使ってしまったせいでそこそこ大きい器に入れてもまだ鍋に余っているな、と鍋の中を覗いて思う。ミネストローネが盛り付けられた器、スプーンをテーブルに置いた。出来立てのミネストローネからは湯気がたつ。思わずヨダレが垂れてしまいそうになるほど空腹は既にピークに達していた。
 器が置かれた真ん前に座る。俺と時雨は向かい合う形となった。
「それじゃ」
「いただきまーす!」
 出来立ての夜食、時刻は1時近い。
 スプーンで掬うと赤いスープと共にじゃがいもも掬われた。それをすかさず口の中に放り込む。しっかり火が通ってるためほくほくと崩れるじゃがいもがとんでもなくうまい。こんな時間にミネストローネだなんて贅沢だわぁと思いつつもスプーンを進める手を休めることはしない。
「お、星型」
 時雨がスプーンで掬いあげたものの中に俺が切った星型のにんじんがあった。
「時雨ラッキーだね!当たり!」
「味に変わりねえけどな。ほんと相変わらず手先器用だな」
「気分の問題だろーよ!そしてありがとう!」
「……そうそう。気分の、問題」
 聞き慣れた女子ウケしそうな(実際してる)低音の声が隣から聞こえた。ほらほら!
「ナツキもそう言っ…………ナツキ!?なんで!?」
「……ものすごくお腹空いて、目が覚めた……」
 そこにはお腹をぎゅるるると鳴らすボサボサの真っ黒い髪の毛がデフォのナツキがいた。普通にびびった。いや、ほんとナツキって気配決して近寄るのうますぎてビビる。
 それにしても一度寝たら朝まで起きないナツキが目を覚ますなんて……思えば今日の晩ご飯の食べる量、控えめだったな。食欲強し。
「……ミネストローネ、おいしそうだね。俺にもちょーだい」
 普通にびびった。いや、ほんとナツキって気配決して近寄るのうますぎてビビる。
それにしても一度寝たら朝まで起きないナツキが目を覚ますなんて……思えば今日の晩ご飯の食べる量、控えめだったな。食欲強し。
「……ミネストローネ、おいしそうだね。俺にもちょーだい」
「ああ、いいぞ。少し多く作りすぎたからな」
「……ありがとう」
 時雨がそう言えば、ナツキの口元が少しだけ緩んだ。嬉しいんだな、わかる。時雨の料理はまじでうまいもんな。
「俺も手伝ったんだよー」
「……偉い偉い」
「あれ?もしや俺下に見られてる?」
「……誕生日は俺が先」
「さいですな」
「身長もナツキの方が勝ってるしな」
 少しふてくされた俺に時雨が小馬鹿にしたように笑って言ってきた。いやいや、小学生の時までは俺が一番背が高かったんだからな。……あれれ?おかしいぞ?
「俺あと3日したら180越えてるから」
 小馬鹿にした男に対し若干(かなり)無理があることを言うと
「……ふっ」
 ミネストローネを口に含みながら、今度は鼻で笑った。自分は178あるからってチクショー。ぱくぱくと俺もミネストローネを口に含み続けた。にんじんと玉ねぎの野菜ならではな甘み、枝豆のぷちっとした食感、それらがスープとよく合っていて……あーもー、ミネストローネおいしいからどうでもいいや。身長のことでうだうだしてるのも俺らしくない!……そう思う、深夜1時過ぎ。



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