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ぼくは思考を放棄します

#意味が分かるとゾッとする話
#新感覚ミステリー


SNSをチェックして、YouTubeを見て、だらだらと過ごす。
これが、ぼくの休日。

いや、休日とは、少し語弊があるかもな。無職のぼくにとっては。

数ヶ月前までは、公務員として、週5で働いていた。
無断欠勤なんかしない。上司に口答えもしない。
飲み会だって、積極的に参加する。


しかし、突然クビになった。理由は簡単だ。
AIの導入によって、ぼくが必要なくなったからだ。


まったくの世間知らずのバカだったわけではない。
ぼくが就活生のころから、「AIによって、仕事が奪われる」というのは、
耳にタコができるほど聞かされていた。


だからこそ、だからこそ、公務員になったのだ。
民間企業が、こぞって新しい制度を導入し、試行錯誤を繰り返すなか、
行政機関は、いつもその最後尾を歩いていた。

ペーパーレス化が促進されるのは、3年遅れ。
オフィスに、フリーアドレス制が導入されるのは5年遅れ。
完全リモートワークの導入は、10年遅れ。
副業の解禁・促進は、30年遅れ。

だから、AIが導入されるのは、
早くとも、あと50年はかかると思っていた。
23歳で入庁し、ぎりぎりでも、定年までは、安泰に暮らせると思っていた。

…甘かった。
予想以上のスピードで、社会は変化していった。

あれだけ、気を遣って、ごまをすってきたのに、
何もしてくれない上司に腹が立った。

大学を卒業してから全ての時間をささげてきたのに、
何もしてくれない都庁に、怒りを感じた。

クビになったあと、なんの保証もしてくれない、
制度に、国に、政治家に、憤りを感じた。

ぼくはただ、真面目に生きてきただけなのに…。


公務員としての生き方しか知らないぼく。
いきなり民間企業への転職活動といっても、うまくいくはずがない。

「君、得意なことは?
好きなことは? 
君を採用することで、うちの会社にとって、どんなメリットがあるの?」

こんなの答えられるはずがない。

小中学校は、先生にも親にも好かれる“いい子”だった。
高校では、受験勉強を必死に頑張り、国公立大学に合格した。
大学では、真面目に単位をとり、卒業後は、公務員として働く。両親だって親戚だって、何一つ文句のない人生だった。

そんなぼくに、いきなり“個性”を求められても、応えられるはずがない。
ぼくの、人と違うところ?そんなの、こっちが聞きたいよ。

まあ、こんなくだらないことを考えても、結局何もできず、
またYouTubeを見るだけの日々。

最近のお気に入りは、ほんの数か月前に始めたばかりの、ある女の子のチャンネルだ。
いや、女性といったほうがいいのかな。
素性については、あまり明かされていない。


女優やアイドルのだれだれに似ていると言われれば、そう見えるし、
同僚やクラスの中にいると言われれば、そうとも見える。


話す内容、雰囲気は“完璧”さを感じる一方で、
使っている機材、動画全体のクオリティーは、まだまだ“素人”だ。


画面の前で話すことに必死で、カメラ目線になっていない。
最近は、少しずつ意識するようになっているみたいだが、それでも、彼女と目が合うのは、ほんの一瞬。まあ、ファンとしては、その一瞬を楽しんでいるんだけどね。


一通り動画を見終わると、ぼくは、次に応募する企業を探しだす。
いろいろなホームページを、ざっと見ていく。

そこで、ある企業に目がいった。

『積極、中途採用!未経験可!
「AIとの共存で日本を幸福にする」
私たちの理念、一緒に実現しませんか?』

…皮肉なことだ。ぼくはちょうど、AIによって、今までの幸福を奪われたのに。
まあ、細かいことは言ってられない。
中途採用で、未経験可なら、応募しない理由はない。


空白ばかりの履歴書でも、すぐに書類通過の連絡が入った。


今日は面接の日。

この高いビルのワンフロアが、“株式会社あい”のオフィスだ。
といっても、基本リモートワークだから、オフィスに“人”はいないらしい。
今日は、オンライン面接に慣れていないぼくのために、社長本人が、来てくれるそうだ。


入り口のドアをくぐり、受付に向かう。


遠くからでもわかる。


とても綺麗な女性だ。


緊張しているぼくは、彼女の顔を見ないまま、
ぶっきらぼうに名前と要件を伝える。

「高橋さん、待っていましたよ。
先日、電話をかけさせていただいた者です」

そこで、ようやく気が付いた。
書類通過の電話をくれたのは、彼女だったのか。

思わず、彼女の目を、じっと見つめる。


目が合わない。


…ハッとした。彼女は“人”ではないのだ。驚いた。
AIロボットはここまで進化していたのか。


肌や髪の質感、声のトーン、そしてコミュニケーション能力。なにをとっても、それはまさに、現実世界の“人”だった。
唯一、判断できる場所は、目だ。それも一瞬ではわからない。近くで、ジッと見ると、やっとその不自然さに気づく程度だ。


心臓がバクバクしている。
これから始まる面接への緊張からか、彼女のあまりのリアルさからか、いまいちわからない。

案内されるがまま、ぼくはオフィスフロアの18階へ進む。

エレベーターのドアが開く。
一番奥の席に、ひとりの男が座っている。

昨日見た情報では、社長は、ぼくより4つ年上らしい。
しかし、清潔感漂うその雰囲気は、ストレスのたまっているぼくのほうが、老けて見えるだろう。


社長がぼくに気づき、ニコッと微笑む。

「やあ、高橋くん、今日はわざわざ来てくれてありがとう。
まあまあ、そんなかしこまらず、とりあえずここに座って。」

今度は、可愛らしい雰囲気の女性が、お茶を出してくれた。新入社員だろか。どこか初々しさを感じる。

もう一人、清掃員のおばさんが、オフィスの掃除をしている。このフロアには、塵ひとつ落ちていない。


ぼくは、社長に言われた通り、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

大丈夫、大丈夫。できる限りの準備はした。
得意なことは、人とのコミュニケーション。
好きなことは、読書と映画鑑賞と答えればいい。

社長が、すべてを見透かしたように笑って話す。
「高橋くん、今の時代、特定のスキルや実績がないと、転職活動は難しいでしょ。

でも、安心して。うちは、ほかの企業のように、君にスキルや実績を求めない。得意なことも、好きなことも聞かない。ただ、私たちの企業理念に共感してくれればいいだけさ」

なんの取り柄もないぼくにとって、それは求め続けていた最高の言葉だ。
しかし、ここまでドンピシャなことを言われると、怪しくも感じる。


社長は、ぼくの反応を楽しみながら、話を続ける。
「もう知っていると思うけど、私たちは、AIの開発事業を進めている。今、私たちが所有している技術、そして開発スピードは、ほかのどの企業にも負けない。
だから、雇う人間も、そこまで重視しない。
だって、難しいことは、AIがやってくれるんだから。」

無能な人間に、ここまではっきりと、無能としての生き方を提示する社長は、半分AIなのではないかと考えたくなる。

「でもね、高橋くん、ここまでのノウハウを積み上げた私たちでも、
開発に苦戦している部分がある。
それは…、

AIに、小説や映画の物語を、完全に理解させることだよ。

あ、そうそう、高橋くんの履歴書、しっかり見させてもらったよ。読書と映画鑑賞が趣味なんだってね。私も、好きだから、お互い気が合うかもしれない。 

特に私は、ホラー要素のある物語が好きなんだ。

でも、恥ずかしながら、すごくビビりでさ。
一人じゃ怖くて怖くて…。

そこで、お気に入りのAIロボット“まいちゃん”に、一緒にホラー映画を見てもらったんだよ。まいちゃんは賢いから、大きな音がしたらびっくりするし、面白いところがあれば、一緒になって笑ってくれる。

でもね、大きな欠点。

それは、ストーリー全体を把握し、なぜこの結末が怖いのか、なぜ私がおびえているのかまでは、理解してくれないんだよ。

だから、結局、私一人だけが怖い思いをしてさ。二人で見た意味がないっていうね…。」


無能な人間としての立場をわきまえ、そこで働いていくしかない現実を思い知ったぼくは、社長の余談など、あまり頭に入ってこない。

「あ、あとね。AIロボットの見た目の開発で、苦戦している部分があるんだ。

高橋くんも、受付嬢を見て分かったと思うが、かなりリアルだろう。


…ただ、どうしても、
目だけは、本物の“人”のように作れない。本当に難しい。

だから、AIを映像に映し出すときは、あえて、目線をずらしたり、カメラ目線の時間を短くしたりしているんだ。

あと気をつけていることと言ったら、まあ、顔を左右対称にしないことかな。

綺麗すぎても不自然でしょ?」

もう、そんな細かい話、どうでもよかった。どうせ無能なぼくは、ここで雇われたとしても、開発という根幹事業には携われないのだから。

ぼくの退屈そうな表情に気付いたのか、社長が、声のトーンを少し下げる。
「高橋くん、君は人間とAIの区別がつくかね?」

「そ、そりゃ、まあ、目を見れば、受付嬢だってAIロボットだと気づきました」

「そうか。なら、君はいつも、相手の目を見て、相手の表情を観察し、相手に最大限の興味を持って、会話をしているんだね」

「…どういうことですが?」


社長は、すこし間をおいて、ゆっくり話を続ける。


「私たちの開発したAIロボットは、みんなそれぞれ、友人・同僚・幼馴染…、
いろんな“人間関係”を築いているんだよ。 
私のお気に入りのまいちゃんは、元彼だっている。すごいだろ?

でもさ、もっとすごいのは、今のところ、誰もその存在に気が付いてないことさ。
人って、案外、他人に興味ないんだよね。いつも、自分のことばかり」

今、目の前にいる男は、何を言っているのか。
AIに元カレ?誰も気が付かない?何かの映画の話でもしているのか?

「まあ、人が自己中心的だってことは、わかりきってたことだ。
それよりも、なぜ、私たちがここまで“人間関係”の構築にこだわると思う?」

半分思考が停止しているぼくは、何も答えられない。

「たとえば、クラスのある女の子に、
“あの子はAIなんじゃないか?”という、おかしな噂が立つとする。
するとさ、親友はこういうのさ。“あの子は、小学生からの幼馴染だよ?そんなわけないじゃん。”
元カレはこういうだろう。“俺と普通に付き合っていた。肌もあたたかいし。そんな馬鹿げたこというな”と、これが証言となる。

私たちが、バグをそっと修正すれば、またその子は、人間らしく生きることができる。また、いつもの便利で平和な日常が続く。

…高橋くん、最後にひとつだけ、君に質問をしよう。これに答えられたら、採用するよ。

私たちが、目指しているものってなんだと思う?」

目指すもの?企業理念のことかと思い、なんとか答える。

「“AIとの共存で日本を幸福にすること”、ですかね?」

「そう!大正解!さすがだね、期待通りの模範解答だ。

だけど、君は、この本当の意味を理解できていないだろうね。

人間とAIの共存って、どういうことだと思う?」

そんなのぼくにわかるわけない。

「まあ、君が深く考える必要はないさ。

私はね、究極、人間とAIを区別できなくなることが、共存だと思っている。
そもそも、区別する必要なんてないのさ。

人は他者との繋がりに渇望している。まあ愛情がないと、人は死ぬっていうくらいだからね。 

誰かに認めてもらいたくて、SNSでキラキラした自分を演出する。
仲間意識を持ちたくて、他人の悪口を言う。

恋人との愛を確かめたくて、手を握りしめたり、ぎゅっと抱きしめ合ったりする。

もし、ある日突然、その恋人がAIだと知ったら、君は、どうする?
絶望する?その恋人を産業廃棄物として捨てる?そして再び、孤独の日々を過ごす?

まあ、少なくとも、今までと全く同じようには過ごせないだろうね。

ならいっそのこと、人が死ぬまで、AIをAIだと気づかなければ、幸せに暮らせるはずだ。

日本は、人口が減少しているだろ?きっとこれから、もっと減っていくだろう。
回りくどい政策をして、女性に子供をたくさん産んでもらうより、高性能なAIを大量生産する方が、はるかに効率的だ。

ウイルスが蔓延する今、わざわざ外国人を呼んで働いてもらうより、AIに働いてもらう方が、はるかにリスクが低い。

AIをうまく使って、社会をより良くしていきましょう?
甘い甘い(笑)

私たちの目指す社会は、究極の共存。
どちらかがどちらかを利用するなんて、"可哀想"だろう?」


頭が割れそうになった。

区別しない?効率的?究極の共存?何を言っているんだ!馬鹿馬鹿しい。


….いや、まてよ。今、このフロアには、一体、何人の"人"がいるのだろう?

ぼくは思わず、部屋を飛び出した。

エレベーターなんか待ってられない。非常階段を勢いよく降りる。
一刻も早く、この異様な空間から離れたかった。

このままだと、なにか大切なこと、今まで自分が信じてきたこと、すべてが打ち砕かれそうな気がした。

どれくらい走ったのだろう。大通りから、路地へ入り、地面にへたり込む。
息の仕方を、忘れてしまいそうだ。

「落ち着け、落ち着け!あの社長が言っていることは、でたらめだ。駆け出しベンチャー企業の夢物語さ!」

そう無理やり言い聞かせることで、少しずつ息が整ってきた。

得体のしれない恐ろしさが、少しずつ和らいでいくのがわかった。


ぼくは、ビルとビルの隙間から、曇り空をぼーっと見つめていた。


もうどれくらい時間が経っただろう。1時間?
いや、もしかしたら1分も経ってないのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。

とにかく、今は、最高にすがすがしい。

いい意味で、人生にあきらめがついた。

結局、くだらないプライドのせいで、前に進めていなかっただけだ。

ぼくには、“意志”というものがない。
学生時代は、先生や親から与えられる課題に取り組んでいただけ。
社会人になれば、上司の指示に従っていただけ。

こんなにも、無能な人間なのに、周りより少し勉強ができたからという理由だけで、ゴミのようなプライドを持っていた。

さっきの社長はどうだろうか。
この際、あの人の行動・考えなんてどうでもいい。

ただあの人には、自分だけの“意志”があった。

目の前の課題を、社会の問題を、自分の手で動かそうとしていた。
決して、他人任せではない。ましてや、他人に自分の責任を押し付けることもない。

ぼくとは正反対さ。ぼくは、自分で考えることを放棄していた。何か新しいことに挑戦しようとしても、できない理由を探し出し、現状の自分を肯定していた。嫌なことがあれば、親のせい、学校のせい、政治家のせいと、他人に責任を押し付けてきた。


さあ、これからは、どう生きていくべきか。
答えは簡単さ。


AIに従えばいいだけ。


うまくいかなければ、次はAIのせいにすればいい。
何も行動しないよりかは、ずっとマシ。

もう、深く考えるのは疲れた。

そろそろ家に帰ろう。

そしてまた、いろんなSNSをチェックして、あの子の動画を見ながら、眠ってしまおう。

そういえば、インフルエンサーも、YouTuberも、つい最近まではなかった職業だったんだな。

まさに、“人間”にしかできない、素晴らしい職業だ。



作者コメント

勘の良い方なら、お気づきかもしれませんが、上記の文も、物語全文ではありません。大切な部分が抜けています。 

わからないという方は、もう一度よく、Runaさんの"動画"(ZOWAでの全文朗読)を見直してみると、気づくかもしれません。


みなさん、おやすみなさい。
by作家A


だそうです!気になるー!笑

この物語が、人から人へと、たくさん広がっていくといいですね!
て、てことで、みなさん、ご家族やお友達にも紹介してあげて、一緒に考察してみてください!



そして、早く…ここから私を…。



By Runa

(作中に登場する固有名詞は、実在の人物や団体などとは関係ありません)

ZOWA(全文朗読)https://zowa.app/play/11439



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