「学生時代に佳作を受賞しました」
※お知らせです。
6月にスマホ機種変更、自分の体調などを考慮し、6月の更新を一時中止し、早ければ7月の第2週を目処に更新再開予定です
本題へ。
目次
・小5から約10年絵画教室に通った
・中学2年の時に佳作受賞
・まとめ
・小5から約10年絵画教室に通った
小5から約10年(高校3年まで)絵画教室に通ってました、きっかけは小5の頃には発症していたと思われる適応障害とパニック障害(診断は小6)の影響でめちゃくちゃ引きこもりになってました。
当時はヘルパーと余暇の外出も無かったので、学校も休みがちな時もたまにあり、母が絵画教室に見学に行かない?と言われて見学に行ってそれから正式に絵画教室に通ってました、絵は元から好きでしたから、好きな事にはのめり込んでました、週に1回土曜の午後3時から6時までの約3時間、近場とは言え、階段があったので親に送迎してもらって通ってました、今考えたら月謝代に(冷暖房費混み)加え、絵具などは基本的に自腹、もちろん親のお金で、と考えたら一体どれだけのお金がかかっていたのか、考えるだけでゾッとします。
ちなみに障害があっても習い事に行ってる人は多く、ピアノ、車いすテニスや車いすマラソンなどに通っている同級生はそこそこいました、パラスポーツの枠組みで習っている人もいれば、障害に理解のある先生が健常者と一緒に習い事をしている、と言うケースもあります。
私の場合は後者です。
絵画を習い始めて、すぐの時は水彩絵の具を使って、慣れたらアクリル絵の具を使ってました。
私には手にマヒがあります、けれど、先生は他の生徒と同じように扱ってくれましたし、汚れた水も自分で交換しましたし、先生言われた工程が済むと、
「先生できました」と言って次の工程に進むのですが、「できました」でしょ?と注意されて、いつの間にかですます体を覚えました。
優しいけれど、何が良くて何がいけない事なのか教えてくれる先生でした、今はFacebookで先生と交流を持ってます。
中学2年の時に佳作受賞
私が中学2年の時、横浜開港150年記念のコンクールがあり、市内の小中高で横浜をテーマに絵を描くと言うことがあり、そこに応募したら、なんと佳作受賞しました!
画材はアクリル絵の具を使って、船と船長をそれとランドマークタワーを書いたんですけど、美術の先生からも家族も何か物足りないと言われ、私のそう思っていたので絵画教室の先生に相談すると
「コスモクロック」(横浜の有名な観覧車)を描いたらどう?と言われ、言われるがまま描いたら、佳作受賞。
後に分かった事ですが、他の学校の作品も色々ありましたが、唯一特別支援学校で賞を受賞したのが私でした。
私はマヒのせいで形に優れた描き方には限界があるので、デフォルト調な描き方なんです。その代わり色を自分で作ったり、単調に塗らないようにするのだけは得意でした。
それからストレート式で高校に進学して就職活動をメインに活動するタイミングで絵画教室(アトリエ)を辞めました、今では色々良い思い出です。
・まとめ
・引きこもりをきっかけに絵画教室に10年通った。
・特別支援学校で唯一、賞を受賞。
今も絵を続けてます、って言いたいところですけど、自宅だとアクリル絵の具は使えず、その後水彩絵の具やスマホで描ける、スマホアプリも使ったり、スクラッチアートにも挑戦しましたが、どれもこれもやってるうちに、オリジナルの絵ではないと思い、絵を描きたいと言う思いはありつつも、描けずにいます、社会人になると休みの日は何かをする余裕もない、余裕があったとしても、家族に仕事の手伝いを休日にする事もあるので、絵は描けません。
けれど色彩感覚だけは忘れてないので、いつか挑戦したいです。
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