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”最後”は急にやってくる

まず初めに言いたいのは、これは”死”というテーマではなく、日常に溢れている「あれが最後だったな…」と思った。と言う話です。




「これが最後!」とわかって最後を迎えることは、実はあまり多くないと思いました。

「幼馴染の彼と近所を走り回ったのっていつが最後だっけ…」

「大好きだった”ごっこ遊び”やったの、いつが最後だっけ…」

「お母さんに抱っこしてもらったのいつが最後…」

思い返すと日々様々な”最後”を迎えている。自覚なく。




子育てにおいては日々感じていて、子どもは急にステップアップしていきます。

「あぁ、昨日が最後のハイハイだったのか…」

「昨日が最後のオムツ姿だったの!?もうパンツがいいの!?」

4歳になった長男、今ではおとなしく抱っこさせてくれません。
ハグも逃げます。

長男を保育園に預ける時、いつもは名残惜しそうに私を見つめているのに、今日は振り向きもせずにお友達と遊びに向かいました。


”家族”以外の世界が広がったんだな…と思い、喜ばしいことだけど少し寂しくなりました…

きっと毎日踊り狂っている「Bling-Bang-Bang-Born」も、見られなくなる日がやってきて、今はドラクエの如く後ろについてきているけどいつか私を追いかけてこなくなって、うるさいくらい呼んでくる「ママー」も聞けなくなるんだろうなー。

意識していないと”ただの日常”。
”今”の連続でしかない。

でも意識すると”尊い日々”を過ごしている事に気づきました。



今日は、なんでもない日。



”なんでもない”がある日。


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