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着物の思い出

 最初の思い出は、金魚の浴衣です。
 3歳くらいで着ていたサッカー生地(縦の縞糸を縮めてしぼを作った縮織)の注染のゆかたは、肩揚げ腰揚げがあり、暑いのをがまんして、ひらひらする兵児帯を結んでもらい、夏場にはよく着ていたとおもいます。
 七五三の着物は、買いにいった記憶もあります。西武百貨店池袋本店。青緑の地色にチョウチョの柄、黒地の帯。着付けは美容院で、髪を結うのも着るのも苦しかったですが、着物の青緑はよく覚えています。
 小学生のときに着ていた、オレンジのウールのアンサンブルは、近所の方に仕立ててもらいました。
 また学校の無い日、日曜日とかに、母のたんすをそーっとあけて、中に入っている着物をこっそり着てみたりしました。

 銘仙の着物、花柄や格子、朱赤の友禅、紬の着物。捺染の小紋のアンサンブルは、とても奇麗な色で構成されていて、青に赤い線、緑に紫の花、ちょっとぼそぼそしている絹の生地はしなやかで気持ちよく、非常に大事にしていた物だとおもいます。桐ダンスの上の方にしまわれていました。
 母のタンスにはそれ以外に、オーダーでつくった綿ローン(細い糸で織った、薄手の綿の高級生地)の小花のワンピース、スーツやブラウスなどいろいろな物が入っています。
 よく着るものと、全然着ない物がはいってました。
 成人式として着た牡丹の小紋柄は、母のタンスから選んで着た物です。
 牡丹色の鮮やかなピンクと、くくり線の青緑の対比は、今のデザインにつながる物があります。
 京友禅の業者に頼んで買った物のようで、母の中でも自分の実家で作っていた銘仙の着物とは全然違うあつかいでした。


 自分で着物を買うようになったのは、それからしばらく後、大学生になってからだと思います。
 古着屋巡りがはやってきて、初めていったのは多分代々木上原にある「灯屋」さんだとおもいます。
 深い縮緬の紫の色無地と、重たい丸帯を買って、卒業式のときには何となく日本髪も結って、時代劇みたいに着ました。
 武蔵境の「おもしろや」はもっと後で、東映でアルバイトしていたときに、帰りに交通事故にあって入院した際、病院から近かったから行くようになりました。安くてたくさん、たくさん買い込みました……。

 さて、もうちょっと戻りましてーー1970年代、その頃の小学校はたいへん活気がありました。
 「こんにちは、こんにちは、世界の国から」
 日本万国博覧会から、未来や科学技術の壮大なプロモーションがはじまります。
 それに沿った形で、私の小学校生活が始まります。
良い服を着せる、良質なものをみせる、学問を推奨する、子どもに夢を託す、ということがはやった時代です。
 テレビも、まだ黎明期といえるのではないでしょうか、志高い、おもしろい番組がたくさんありました。

 NHKは少年ドラマシリーズという枠で、クオリティを意識したドラマを連発します。
 「つぶやき岩の秘密」「タイム・トラベラー」海外からは「大草原の小さな家」「黒馬物語」。
 また、時代劇も多く、NHKでは「鳴門秘帖」「天下御免」「天下堂々」「黄金の日日」←ありすぎて書ききれませんーー。

八犬伝

 なかでも連続人形劇「新八犬伝」は私の人生を大きく決定づけた、大変魅力的な番組でした。1回15分ですが、短い中にも三味線でテンポよく、五七調のセリフ、坂本九が黒子に扮装し、ナレーションするという組立です。
 なんといっても人形の魅力がすばらしく、人形作家・辻村ジュサブローの渾身の制作は、テレビを通しても伝わってきました。
 最終話にちかづくにつれて正座してみるといった入れこみようです。
 百貨店で人形展があるといえば、追っかけるという小学生でした。
 「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」。八犬士の出会い、別れ。小栗判官や明の国、里見城のみなさん、伏姫に八房。なんといっても玉章が怨霊の迫力、いつか私も八剣士そろう日が……と考えて生きていました。

 小学3年生から4年生の出来事です。
 ジュサブローはその後着物作家にもなり、展示会や写真で世界観を見ることができるようになっていました。
 そこに現世の感覚は無く、私は全力で浸っていました。

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 後年、私が着物の図案家としてフリーになったとき、日本橋人形町に営業先の会社がおおかったのですが、ジュサブローご本人がそこに人形館を開設し、そのグッズの仕事のお手伝いを私がするようになるとは、小学校の頃の自分に言ってあげたいです。役行者様のご加護はずいぶんあとからですが、効いたんだとおもいます。

 小学校はたしか7クラスもあり、人数が多く、最大時にはプレハブ校舎も使って(夏は暑い)運営していた時代です。
 大体の勉強は好きだったと思います。学校以外でも本を読み、科学者になろうとしていました。
 体育は苦手で(体をさらすのが嫌)、運動会は前の日に「雨よ降れ」と祈っていました。なにがいやなのか、ほんの一日ですむではないかと言い聞かせなんとかしようとしていました。
 そこに、「八犬伝」の架空の世界がやってきたのです。
 目の前の学校はいっとき見えなくなります。
 そんなこんなで、受験前の小学生生活がおわります。

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