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魔王のキッチンで健康料理❺

エピソード5: 「魔王のキッチンで健康料理 」

第一王子カイルはラークたちを従えて灼熱平原へ向かっていた。今回は反乱軍と小競り合いになる可能性が高い。だが彼らは正面から激突する可能性は低いと考えていた。今の反乱軍の戦力では魔王軍に到底叶わない。むしろカイルたちの方こそあわよくばこの機会に反乱軍を掃討して後顧の憂いを絶っておきたいところだった。だが、反乱軍は平原の中に巧妙に潜み、反撃の機会を狙っていた。もともと彼らの所領だったため、地の利は彼らにあった。カイルたちは万が一のために援軍を呼べる体制を整えつつ、灼熱を得意とする魔族を中心に精鋭部隊を選抜していた。炎魔法を得意とするカイルには灼熱平原の魔物たちはダメージを与えられない。ラークも同様だった。さらに彼は菜々美の食事指導で体調が良くなり、今では魔界一勇猛な戦士の名をほしいままにしていた。
そして今、カイル率いる騎士団は行方不明となった斥候の足跡を慎重にたどっていた。

一方その頃魔王城では、侵入者の探索が続いていた。ヴァルガスもまた、イザベラたちの戦力では本格的に彼らに立ち向かうことはせず、何か策を弄して仕掛けてくると考えていた。7年前のあの忌まわしい日の記憶が蘇る。
(今度は、奥向きには一歩も近寄らせない)

「魔王城に潜入したものを探し出せ。必ず捉えて狙いを突き止めよ」
奥向きへの結界はさらに強化され、影に潜む能力のある者は全て監視をつけるよう指示が出されていた。また、ヴァルガス自身も子供たちのいるエリアの波動をよく伺うようにしていた。

「ちっ。めんどうな事になった」
『その者』は全ての通路に監視が置かれ、奥向きへ容易に入り込めなくなった事に舌打ちした。奥向きの仕事をするメイドの服装をしている。イザベラはリシャールだけではなく、手下の者を侍女として潜入させていた。
(イザベラ様へカイル王子が灼熱平原へ出撃したと連絡をしなくては…)
だが、広い平原のどこへ向かうのかがわからない。それではイザベラがあの「奥の手」を使って騎士団を壊滅させることができない。
しかし、菜々美のアラームで潜入者がいると知られてしまった今では、以前のように影に潜んでリリアンやカイルの居室へ忍び込むこともできなくなった。
(特に厄介なのはあの人間の娘の魔道具だ。あの夜のような大音量でアラームが鳴れば、今度はすぐに衛兵が飛んできて捕まってしまうだろう。)
彼女が影に潜んでいる時は物理攻撃は効かない。しかし、魔法攻撃を受ければ一発だ。危険を犯して奥向きへ潜入しても、あの娘がいることで子供達に近寄ることもできなくなってしまった。
なんとしても合図を送り、イザベラの精鋭部隊を引き入れなければならない。
「そなたが潜んでいることはリシャールには知らせていない。いざとなったらあれを囮とせよ。子供達を人質にすれば、活路は開ける」
イザベラは自分の魔力で無理やり従わせているリシャールを信用しきれず、捨て駒として考えていた。
女には焦りが出てきた。
(早く、イザベラ様に…)
虚しく時がすぎてゆく。このままでは、せっかくここまで潜り込んだ機会を逃してしまう。
彼女は、「カイル王子が灼熱平原へ向かったがルートは不明」としてイザベラへ使い魔を送る事にした。あの手は使えずとも、騎士団と小競り合いをするだけでも注意を惹きつけることはできる。そしてまずはあの面倒な魔道具を持つ邪魔な人間の娘を殺してしまおう。

(あの小娘さえ片付けてしまえば、あとは闇に潜んでもう一度守りの弱い場所から潜入できるだろう。力の弱い末娘を攫って人質にすれば良い)


菜々美は、近頃ルナの人見知りが激しくなっている事に気づいていた。
元々ルナは人見知りが強く、なかなか大人には懐かない。なぜ菜々美になついたのか不思議だと長老たちが口々に言っていたくらいだ。それがさらに激しくなっていた。おそらく侵入者騒ぎ以降、魔王城の中の空気が緊張している事を敏感に感じ取っているのだろう。
ルナは菜々美とフェンの側から離れなくなった。
(まだ、お母さんに甘えたい歳だよね…)
菜々美はルナを少しでも元気づけてあげたいと思った。

「よおし、今日は一緒に『ケルベロスクッキー』を作ろうか?」
何か自分にルナを喜ばせることはできないかと「デ◯ッシュキッチン」をチェックしていた菜々美は可愛らしいデザインのお菓子を見つけてルナとフィンに言った。さっそくフィンが反応する。
「今度はどんなの?」

レシピ:魔界のもふもふケルベロスクッキー

材料

  • 小麦粉: 200g

  • 砂糖: 100g

  • バター: 100g

  • 卵: 1個

  • ベーキングパウダー: 小さじ1

  • ヴァンパイアベリー(魔界の特産フルーツ): 50g

  • シャドウチョコチップ(暗闇で光るチョコチップ): 50g

  • ブラックカカオパウダー: 大さじ2

作り方

  1. 準備:

    • オーブンを180度に予熱します。

    • バターを常温に戻しておきます。

    • ヴァンパイアベリーを細かく刻んでおきます。

  2. 混ぜる:

    • ボウルにバターと砂糖を入れ、クリーム状になるまで混ぜます。

    • 卵を加えてさらに混ぜます。

    • 小麦粉、ベーキングパウダー、ブラックカカオパウダーを合わせてふるい入れ、さっくりと混ぜます。

  3. 生地を作る:

    • 刻んだヴァンパイアベリーとシャドウチョコチップを加え、均等になるように混ぜます。

  4. 形成する:

    • 生地を適当な大きさに丸め、ケルベロスの形にして天板に並べます。

    • フォークで軽く押さえて平らにします。

  5. 焼く:

    • 予熱しておいたオーブンで15〜20分焼きます。

    • 焼き上がったら冷まして完成です。

「シャドウチョコチップが暗闇で光るんだって」
「わぁ。光るんだ!リリアン姉上が、こういうの好きだよ。ルナ、後で出来上がったら一緒に姉上のところに持っていこう」
「うん」

ルナがにこりと笑う。王妃が子供たちを庇って傷を負い、刺客たちもろとも忽然と姿を消してしまった時、ルナはまだ1歳だった。母親の記憶がないルナにとって、長女のリリアンは母親がわりである。

「ところでフィンは、ケルベロスって見たことある?」
菜々美は記憶をさぐりながら、たしか、ゲームに出てきた魔獣だったような…と、フィンに聞いてみた。
「デ◯ッシュキッチン」の動画に出てくるクッキーは、ゆるキャラのようなカワイイ形をしている。

「もちろん見たことあるよ、頭が3つあるんだよ。父上の軍にもいるよ」
フィンは菜々美が魔界のことを全く知らない事に改めて気付かされたようだった。
(菜々美はか弱い人間だから、魔王の息子である僕が守ってあげなくちゃ…)

「どんな生き物かわからないまま形を作るのは難しいなぁ…大体、この『もふもふ』って何よ。ケルベロスって、もふもふなわけ?フェンはもふもふだけどねぇ。フェンみたいな感じなのかな?色とか手触りとか見た事ないからわからないなぁ」
ブツブツ言いながら、悩んだ菜々美はフィービーに頼ってみる事にした。

「フィービー、このケルベロスのクッキー型は準備できる?」
もちろんですとも、風のように召使妖精は答える。
いつものことながら、有能な妖精たちだ。どうやったのかわからないが、お菓子作りの材料を図ったり切ったりしているうちに3つの頭のある犬(?)のようなクッキー型(かわいい)を3つ持ってきてくれた。
「ありがとう、フィービー」
菜々美たち3人は『もふもふケルベロスクッキー型』で型抜きをして作ったクッキーが焼き上がるのを待っていた。

その時、突然フェンが厨房にある大きな鏡に向かって唸り声をあげ、風魔法を使った。無数の空気の刃で鏡が砕ける。

「きゃっ!」

咄嗟に菜々美は鏡の破片で怪我しないようにとルナを庇う。

「フェン、いきなりどうしたの…」

見ると、フェンが使い魔を押さえ込んでいた。いつもはルナともふもふしているフェンだが、やはり恐ろしい魔力を持つブラックフェンリルなのだと菜々美は思った。
フィンが使い魔を見て呆然と呟く

「アリーシャ!」

フェンが押さえ込んでいるそれは鏡の中を渡る使い魔だった。なんとか逃れようと暴れていたが、フェンの爪にガッチリと押さえ込まれている。イザベラへ城の内部の情報を伝えるために何者かが放ったに違いない。
部屋の空気の圧が急に重くなった。
「お前の主人のことをじっくり聞かせてもらうぞ」
いつの間に現れたのか、ヴァルガスが言った。
フィービーの手下が知らせに走ったのだろう。ヴァルガスを見るなり、アリーシャは震えあがって大人しくなった。
「でかしたぞ、フェン。お前たちも大丈夫だったか?」
殺気を放つフェンも恐ろしいが、ヴァルガスの覇気はさらに部屋の空気が急に重くなったように感じさせる。

「お父さま」

忙しい父王になかなかかまってもらえないルナが嬉しそうに抱きつく。

「ナナミもルナを庇ってくれたのだな。ありがとう」
菜々美の方を向いて礼を言ったヴァルガスは、菜々美が腕から血を流しているのを見て慌てた。ルナを庇った時に鏡の破片で切ったのだろう。

「ナナミ、腕から血がでている!」
夢中でルナを庇い、怪我をした自覚がなかったのだろう
「えっ!」

菜々美は自分の腕をみて呆然となる。
人間はどの程度血を失うと死ぬのだったか…ヴァルガスにとって人間は一瞬で死んでしまうものだったので、その辺りの知識がない。菜々美の出血を見てヴァルガスは慌てた。慌てて、咄嗟に菜々美の腕の傷口の出血を止めようと、その血を舐めとった。
甘い。なんとも甘美な味がした。血の味でさらに頭が混乱する。菜々美の傷口は鏡でざっくりと切れて骨が見えていた。
(人間は、切り傷で死ぬのだったか…?)
何事にも動じないと言われる魔界最強の魔王が慌てていることに気づいてフェンが
「ほう…」という顔になった。
ブラックフェンリルは冷静に言った。
「ヴァルガス様、治癒魔法を使えるものをすぐに呼びましょう。菜々美、申し訳なかった。次に風魔法を使う時は気を付けるようにする。」
「お、おお。そうだな」

その時、ルナが菜々美に近寄ってその腕に触った。
「ナナミ、痛い?」
菜々美の出血に気づいて泣きそうな顔になっていたルナだが、菜々美の腕に触った瞬間に父親譲りの紅い瞳が光り出した。
ルナを月光色の優しい光が包む。そのままその光が菜々美の腕を包み込むと菜々美の腕の傷は跡形もなくなっていた。
「ルナ、すごい!月の治癒魔法を習得したんだね!しかも無詠唱だ」
フィンが興奮気味に言う。魔族の中でも治癒魔法を使えるものは数少ない。
大好きな菜々美の怪我を直そうと必死になったことが新しい魔法習得の鍵となったようだ。
それが後に、「魔王城の稀代の癒し手」と呼ばれるようになった王女ルナの癒しの技の開眼であった。


アリーシャから裏切り者のメイドが割り出され捉えられた。
カイル王子率いる騎士団を罠にかけて襲う計画があったこと、菜々美を殺して奥向きへふたたび潜入しようとしていたこと、などが明らかになった。

「菜々美、気づいているか。お前の料理を食べているうちに、少しずつ皆の魔力が上がっていることを」

ヴァルガスは今回の功労者として菜々美に褒賞をとらせることにした。強大な力を持つ魔族の中で、「自分はなんの役にも立っていないですから…」と言う菜々美を半ば無理やり大広間に連れ出したのは、これを機に菜々美を「特別な保護すべき人間」として城全体に周知させる目的があった。

「確かに……」

菜々美の薬膳料理の効果を身をもって感じている長老たちはうなづいた。
菜々美の料理のおかげで明らかに体力が戻ってきているのがわかる。もはや菜々美の料理がない食生活は考えられない。
ポーション入りのアイスクリームで傷の治りの早さを実感している兵士たちもうなづいた。
成人病予備軍だったラークは、もちろん菜々美の食事指導と健康に配慮されたメニュー抜きでは1日も過ごせないと思っている。
そして、菜々美の料理には魔力を強化する効果があることもわかってきた。それは一回の食事で急に起こる変化ではなかったが、日々の食事によって徐々に基礎的な魔力が強まっている事に皆が気づいたのである。

「この度の功労によって、お前にこれを授ける」

ヴァルガスが菜々美の首にかけたのは、見事な赤い魔石の嵌め込まれた魔王の紋章を模ったペンダントだった。この紋章を見ればヴァルガス配下のものは菜々美を丁重に扱うだろうし、嵌め込まれた「魔王の石」には強大な魔力が封じられている。

「あ、ありがとうございます」

緊張で消え入るような声でやっと答えた菜々美に、リリアンが言った。

「ナナミ、これからもよろしくね」

こうして菜々美は魔王の城の人間の料理人として広く知られるようになったのだった。


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