見出し画像

居酒屋「よりみち」商売繁盛記〜失敗から始まる新たな人生〜1/5


【あらすじ】


主人公・鈴木ハルカは、就職活動をするものの失敗ばかりで、大学卒業後、やりたいことも見つからずにいた。そんな中、彼女に振られ、白いワンピースを着た女が落としたスマホを渡そうと追いかけて道に迷っている最中、突然目の前が真っ白になった。どうやら彼が飛ばされた先は、異世界のようだった。そこはオニや獣人、魔物が存在する異世界。いきなりオニに狙われ殺されそうになるハルカ。彼はこの異世界である人物に拾われ、彼の経営する居酒屋でアルバイトをすることになる。このお店には日々やっかい事が持ち込まれ、ハルカは仲間たちとともに事件を解決する中で、異世界での人生に慣れていき、徐々に自分自身を見つめ直すことになっていく。

1 プロローグ

「おい!」
いきなり、腕を掴まれて、殴られた。
目の前に火花が散った。
「アレを渡せ!」

生まれてから感じたことのない尋常ではない殺気。
ワケもわからず、彼は本能的に腕を振り払った。
殴られておかしくなったのだろうか?殴られたところがアツイ。彼は襲撃者の目が黄色く光っているように感じた。それに…それに額にツノのような盛り上がりがあるようにも…。振り払った腕がヌルッとする。手に裂傷ができて、血が出ていた。
オニ。
腹の底から恐怖が立ち昇ってきて、彼は身を翻して逃げた。殺される。
理屈では説明できない恐怖が彼を突き動かしていた。
池袋の路地裏を必死で走る。喉の奥に血の味がする。
オニは彼を追いかけてきた。もの凄い殺気を隠そうともしない。
「アレを渡せ!」
アレってなんだ?直前に拾ったスマホの事だろうか?しかし殴られたはずみで落としたのか、彼の手の中にスマホはなかった。そう、舞子を見かけたような気がして、その白いワンピースが角を曲がって去ってゆく時にスマホを落としたのを見て拾ったのだった。
「舞子!」
角を曲がるとさっと明るい光が刺して目の前が一瞬真っ白になった。
しかし、角を曲がった先に求めていた白いワンピースはなく、落ちていたスマホは舞子のものとは違っていた。舞子じゃなかった。ハルカは呆然と、路地裏の道に視線を彷徨わせた。未練がましい自分が惨めな気がした。
そして、いきなり、背後から腕を捕まれ、殴られたのだった。

必死で走りながら、彼の頭は混乱していた。池袋の道はこんなだったろうか?壁に貼ってあるポスターの中の目が動いて自分を見たような気がした。
これは、夢か?夢に違いない。そう思いながらも、オニに捕まったら確実に殺されるという確信が彼を突き動かしていた。目を覚ませ、目を覚ませ!必死で念じるが、目は覚めない。恐怖と疲労で膝が砕けそうになりながら、彼は助けを求め、目についた扉を開けて中に飛び込んだ。
「た、助けてください!」
どうやら扉は居酒屋の勝手口だったようだ。
厨房にはエプロンをつけた熊のような大男と、もう一人、こちらも筋肉質の男がいた。
「ん?なんだ?どうした、にいちゃん」
ハルカは涙目になっていたと思う。
「オ、オニ…殺される」
言ってから、おかしな事を口走るヘンなやつだと思われそうだと思った。
怪訝な顔をして「にいちゃん」とハルカに呼びかけた小柄な方の男がハルカをまじまじと見る。小柄と言ってもハルカより背が高い。エプロンのもう一人が大男なのだ。
「お前、もしかして「あちら」から来たのか?」
ハルカには男の言っている意味がわからなかった。
「あちら?えっと、そこから入ってきましたけど…?」
ハルカはさらに容量を得ないヘンなことを口走っている、と思った。
エプロンの大男がハルカの脇をすり抜け勝手口の扉を開けて外の様子を確認しようとする。
ハルカはオニが入ってくるのではないかと身を固くした。
「大丈夫だ、誰もいないよ」
大男はハルカを安心させるようにニッと笑った。
笑うと目が優しくなった。
ハルカは、ホッとしてその場にへたり込んだ。


2 居酒屋

「おーい、ハルカ、ちょっと手伝ってくれ」
大男の料理長に呼ばれた。
「はい、ナオトさん。」
ナオトはメニューを考えていた。それをハルカはそれぞれのテーブルへ置く「今日のおすすめ」メニューとして書いてゆく
居酒屋でずっとアルバイトをしていたハルカは、初日から店に溶け込むことができた。
フロアの手伝いから皿洗いまで必要な作業を聞かれなくてもこなせるハルカは店にとって重宝する存在だと店長のシンヤはすぐに気づいた。
「お前、なかなかやるな!」
行ってから満足そうに、シンヤは妹のアリサを振り返った。
「どうだ、俺の見立ては間違いなかったろう!」

あの夜、厨房の気配を感じて様子を見にやってきたアリサは、へたれ込んだハルカと兄たちを見つけた。まさにシンヤがハルカに「お前、この店で住み込みのアルバイトをしないか?」と言ったところだった。アリサは目を三角にした。
「ちょっとお兄ちゃん、猫の子を拾うのとはワケが違うのよ!」
そう言いながらもアリサは、ハルカの腕の傷にいち早く気づいた。
「あなた何、どうしたの、その腕。怪我してるじゃない。ちょっと待って。救急箱とってくる」
テキパキとハルカのケガの手当てをしながら、アリサはハルカに尋ねた。
「応急手当てだから明日になったら、ちゃんと医院で診てもらいなさい。あなた、家はどこなの?」
ハルカのことを家出少年だと思ったようだった。
「いや、このにいちゃんはどうやら「あちら」からきたようだぞ」
シンヤがアリサに説明した。アリサは絶句し、ハルカをまじまじと覗き込んだ。今度はハルカの方がシンヤの言葉を理解できなかった。
「たまに、あんたみたいに「あちら」から来るヤツがいるんだよ」
飲み込めずに呆然としているハルカにナオトが説明してくれた。
ハルカのいた世界とこの世界は似ているようで違っていること。ハルカがこの世界の人間ではないようだということ。
「多分、あんたは「あちら」から来たんだ。ここには、たまに別の世界から飛ばされてくる人間がいる。もし「スマホ」を持っているなら見てみろ」
言われるままにハルカは自分の「スマホ」を取り出して見た。待受画面には、アンテナが全く立っていない。試しに電話帳の友達へ上から順に電話をかけてみる。
コール音が全くしなかった。
「ここには「スマホ」っていう道具はない。それは「あちら」の人間の持ち物だ」
シンヤは言った。
「オレたちはそれで人と会話ができるっていうのが信じられないし、ここじゃそいつは使えないから、ただのガラクタだ。だけどあんまりそれを人に見せるなよ、みんな見た事ないからな」
この世界には自分の知り合いも、帰る家もないらしいことを理解したハルカは、泊めてくれるというシンヤの言葉にありがたく従う事にした。
「店長はなぜ「スマホ」の事を知っているんですか?」
思いついたハルカはシンヤに聞いた。
「オレだよ。」
大男の料理長のナオトが言った。
「オレも昔あちらから来たんだ。それで行き倒れてたところをこの店の先代の親父さんに拾ってもらって世話になったんだ。」
「それがオレのオヤジ。今ではオレがこの店の店長だ」
だから、とシンヤが続けた。
「お前も行くところがないなら、ひとまずここで働きながらこれからどうしたらいいか考えればいいじゃないか…」
再び夜の街へ出てまた襲われるかもしれないという恐れももちろんあったが、ハルカはこの空間にいる三人、美人で気が強そうなアリサや人の良さそうな大男のナオト、そして面倒見の良さそうなシンヤに好感を感じはじめている自分に気づいていた。



#創作大賞2023
#ファンタジー小説部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?