見出し画像

魔王のキッチンで健康料理❸

エピソード3: 「魔王のキッチンからアイスクリーム」

侵入者騒ぎのあった翌日から、菜々美は昼間は厨房で働き、夜はリリアンにハーブティを淹れて、与えられたリリアンの控えの部屋で寝るようになった。
菜々美が主に生活する魔王城の厨房と、魔王の子供達の部屋がある「奥向き」と呼ばれているエリアには厳重な結界が張られており、外のモノは滅多に入って来られないようになっている。
しかし第一王女リリアンの元には様々な「報告」を持ってくるものがいて、菜々美は時折顔を合わせるようになった。
人間が「ご馳走」に見えてしまう魔族たちと菜々美に間違いが起きないように、むしろリリアンがさりげなく「この人間は特別である」とそっと顔合わせさせていたのではないかとも思える。

その日はリリアンのすぐ下の弟、第一王子のカイルが部屋へやってきた。

「姉上、事件です」
「何事?」
カイルはすでに姉の身長を越えて父親にも追いつきそうな上背に成長していた。顔つきはまだ幼さが残っていたが体躯はすでに若い魔族戦士として充分だ。菜々美がそっと下がろうとすると、リリアンがそれを目でとめた。
「城の南西側で守衛の死体が見つかった」
「侵入者か」
「いえ、守衛は交代制です。門を突破した者はいませんでした。その者は非番のときに行方がわからなくなり、城下の物置で見つかりました」
「ラーク、父上は何と申されておる」
リリアンはカイルに従ってきた若い魔族戦士に声をかけた。
カイルよりもさらに身長の高い大柄な戦士だった。
「は。『気づかれぬうちに何者かが侵入した痕跡がないか、今一度調べよ』と仰せでした。リリアン様を襲った影のことを考えておられるようでした」
リリアンはうなづいた。
「あれにはフェンの爪も効かなかった。闇にひそみ、物理的な攻撃を受けない者。こうしている今も影の中を移動し、この城のどこかに潜んでいるかもしれない」
「ご安心ください。リリアン様は、我らが必ずお守りしてみせます」
熱っぽく語るラークをみて、菜々美はもしかしてラークはリリアンのことが好きなのかもしれないな、と思った。
「リシャール、その殺された守衛は何者か」
リリアンはもう1人の従者に聞いた。有能だという評判で最近採用された軍師だった。端正な顔に鋭い眼差し。
「は。竜人族のベテランの守衛です。変わり者ですが勤務態度は真面目だったようです」
「竜人族か……」
リリアンは考え込む風だった。
「『竜王の守り』を持っているものは、イザベラの精神支配を受けないのではなかったか?」
「その通りです、姉上。その者が門を守っていると邪魔だと思うものがいたのではないでしょうか。イザベラの催眠で門を通過して侵入したものがいた可能性があります。」
「しかし、遠隔魔法では大人数は通過できまい」
「はい、おそらく姉上を襲ったものがまず潜入し、手筈を整える段取りかと。すでに各門には催眠が効かない者達を配備しております」
「分かった。」
カイルは菜々美の方を向いて言った。
「ナナミ、まだ礼を言っていなかった。姉上を助けてくれてありがとう」

青い目をしたカイルがにこりと笑うと子供に戻ったようだった。
「ナナミのおかげでフィンやルナも毎日が楽しそうで明るくなった。ナナミが来てくれて良かった。父上も喜んでおられる」
「え……」
あの恐ろしい魔王が自分のことを話題にしていたのか、と菜々美はどぎまぎした。あの日、助けを求めて思わず飛びついてしまった逞しい胸。驚くほどの覇気に気おされて震える菜々美にヴァルガスは優しかった。
「では姉上…」
挨拶をしてカイルとともに部屋から出て行こうとした時に、巨漢のラークがふらついた。
「ラーク、大丈夫か?」
「はい。申し訳ございません。近ごろ時折、めまいがするようで。大したことではございません。」
「めまい?」
「ラーク、めまいがするのは良くないわ。栄養が偏っているのではなくて?厨房でナナミに何か作ってもらったら?」
リリアンが心配して声をかけたので、ラークは嬉しそうだった。
「ナナミ、お願いできる?ラークは食事に無頓着すぎるのよ。魔王城きっての戦士がこんなことでは困るわ」
「はい。もちろんです」

ラークを伴い、厨房へ戻った菜々美は早速「デ◯ッシュキッチン」を開く。
「ラークに良い食事は?」と入力する。

すると出てきた。

ラークは、豪快な食生活を送っており、肉中心の食事と過剰な脂質摂取による成人病の恐れがあります。血圧、コレステロール値が異常に高いです。
ラークに合ったメニューは…

エルフベリーと魔界ナッツのサラダ
材料:

  • エルフベリー

  • 魔界ナッツ(アーモンド、カシューナッツなど)

  • ほうれん草

  • ロメインレタス

  • オリーブオイル

  • バルサミコ酢

  • ハチミツ

  • 塩・胡椒

作り方:

  1. ほうれん草とロメインレタスを洗い、食べやすい大きさに切る。

  2. エルフベリーと魔界ナッツを加える。

  3. オリーブオイル、バルサミコ酢、ハチミツを混ぜたドレッシングをかけて、塩・胡椒で味付け


フェニックスの卵と魔界ハーブのヘルシーオムレツ

材料:

  • フェニックスの卵: 2個

  • 魔界ハーブ(例: バジル、ローズマリー、タイム): 適量

  • 魔界野菜(例: 魔界のトマト、ピーマン、ほうれん草): 各50g

  • 玉ねぎ: 1/4個

  • オリーブオイル: 大さじ1

  • 塩: 少々

  • コショウ: 少々

作り方:

  1. 準備:

    • 玉ねぎと魔界野菜をみじん切りにする。

    • 魔界ハーブを細かく刻む。

  2. 野菜の炒め:

    • フライパンにオリーブオイルを熱し、玉ねぎを透明になるまで炒める。

    • 魔界野菜を加えてさらに炒め、塩とコショウで味を調える。

  3. オムレツの準備:

    • ボウルにフェニックスの卵を割り入れ、よく混ぜる。

    • 刻んだ魔界ハーブを卵液に加える。

  4. オムレツの焼き:

    • フライパンに再度オリーブオイルを熱し、卵液を流し込む。

    • 弱火でじっくりと焼き、表面が固まり始めたら野菜を半分に乗せる。

    • オムレツを半分に折りたたみ、両面がきれいに焼けるまで焼く。

  5. 仕上げ:

    • オムレツを皿に盛り付け、好みで追加の魔界ハーブをトッピングする。

健康効果:

  • フェニックスの卵は高タンパク質でありながら低カロリーで、魔界ハーブは抗酸化作用が強く、免疫力を高める効果があります。また、魔界野菜のビタミンとミネラルがバランスの取れた栄養補給をサポートします。

菜々美が厨房へいる時は必ず現れるようになったフィンがメニューを見て笑う。

「ラークも野菜が苦手だったんだね!」

野菜を食べられるようになったフィンは得意げにラークに先輩風をふかす。
「僕はもう、『マヨネーズ』があれば野菜を食べられるようになったよ」
菜々美は素早く食材を準備する有能な召使妖精フィービーと一緒にラークのための軽食を作った。ラークはフィンがいうような野菜嫌いというわけではないようで、菜々美の料理を美味しそうに食べた。

(成人病って魔族もなるなんて知らなかった。人間と同じなら、糖質もコントロールしなくちゃ)

菜々美が来るまでは、魔族の食事はほとんどが焼いた肉中心だったようだ。城下の魔族には人間を「生」で食べてしまうものもいるようだが、魔王城では、厨房でフィービーたちが調理したものを食堂に運んで食事としていたようだ。その中でも脂濃い肉が大好きなラークは質より量とばかりに肉ばかり食べる食生活だったようだ。
菜々美はラークに、脂肪分の少ない肉と多くの野菜をとるように指導し、定期的に厨房に顔を出すように言った。

(後で全粒粉のパンを焼いてあげよう。全粒粉があれば、だけど)

笑顔で厨房を後にした巨漢を見送り、菜々美は灼熱平原へ見回りに出ると言っていたカイル達のために、フィンとアイスクリームを作り始めた。
フィンは菜々美が作ってみせたアイスクリームをすっかり気に入った。氷魔法なら難なく操れるフィンはアイスクリーム作りが得意だ。アイスクリームは皆の受けも良いのでフィンは調子に乗ってどんどん作り、そうしているうちに菜々美よりもフィービーよりも手際よくアイスクリームを作れるようになっていた。それだけではなく、誰もがアイスクリームを好きで、苦手なだという魔族がいないことがわかってきたため、貯蔵場所が手狭だと氷魔法で厨房の横の小部屋をアイスクリームの専用貯蔵場所として、巨大な冷凍庫にしてしまった。
さらに姉のエミルがすかさず研究ついでに精力増強、魔力強化、防御力増強などができるエキスを混ぜてアイスクリーム制作実験を始めた。そのためにアイスクリーム冷凍庫の中には様々な味のアイスクリームが常にストックされるようになっていた。いつしか子供達の遊びとも実験ともつかぬアイスクリーム作りが魔王城の兵力強化に陰ながら役立つことになっていた。
中でも、エミルが末娘のルナに言って作らせた月の雫でできたポーションを混ぜ込んだアイスクリームは明らかに効果があったので食べたがる魔族が多く、人気メニューとなっていた。

菜々美が魔王城に召喚されて厨房へ入るようになってから、徐々に城の魔族たちの健康状態が改善されていた。特に長老たちに供される「薬膳料理」の効果は著しく、そろそろ動けなくなるのではないか、と危ぶまれていた最長老のグリモは関節の痛みが軽減され、体力も少しずつ回復してきている。彼は
「ナナミの料理のおかげで、もう一度若い世代に貢献できる」
と少しずつ若い世代に教えを説く活動を再開しているようだ。彼の豊富な知見が今の魔王城を支える若い魔族たちにとって貴重なものであることは明らかだった。
ヴァルガスは、菜々美がわけもわからず恐ろしい城に無理やり召喚されたにもかかわらず、文句も言わずにフィンやルナと毎日城の者たちのために健康料理を作る姿を影ながら観察していた。
あの日、殺されると怯えて必死で逃げてヴァルガスの懐に飛び込んできた人間の娘。彼の腕の中で震えていた弱い命を殺すには忍びなく、保護するように命じたのだが、気づけば、菜々美は長老たちや子供達からも好かれ、誰もがか弱い人間である菜々美を間違いのないように守ってやらなくてはという気持ちにさせるようになっていた。
(不思議な娘だ…)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?