見出し画像

衆生済土の欠けたる望月(上)【note版】

【前書き】今回のこの小説は、僕が小説投稿サイトNOVEL DAYSで現在連載中の連作長編小説『百瀬探偵結社綺譚』の中の1エピソード「衆生済土の欠けたる望月」の分割版です。長いので「上・中・下」に分割して掲載します。一週間に一回くらいの頻度で、更新の予定です。今回は特に「混ぜるな危険」なものを混ぜてるように感じる方もいるかと思いますが、エンターテイメント小説ということで、よろしくお願いしますね。この(上)だけで、約1万文字あります。がっつり読んでいただけると、嬉しいです。

注意:note版ではルビを振っておらず、《 》のなかの文字がルビです。

全エピソードを読むときは上のバナーをクリックしていただけると、一話目から読めますよ!! ルビなどの処理もちゃんとおこなっています。

今回のストーリーも、思想と思想がぶつかり合うので、過激な描写に思われるかもしれませんが、それはストーリーの関係でそうなっているだけです。他意はありません。まずは、読んでみてください!!

この小説のシリーズを知らなくても読めるようにつくってありますので、そう躊躇しないでくださいよぉ。

では、はじまりはじまり。


************************



まことに主はあなたを救い出してくださる。
鳥を捕る者の網から
死に至る疫病から。
主は羽であるあなたを覆う。
あなたはその翼のもとに逃れる。
主のまことは大盾、小盾。
夜、脅かすものも
昼、飛び来る矢も
あなたは恐れることはない。
闇に忍び寄る疫病も
真昼に襲う病魔も。

【『旧約聖書』新共同訳「詩篇」91章3~6節】



***********************

 その僧は、西口門という名の大学受験生にこう言ったらしい。
「『聖道門《しょうどうもん》』を捨て、汝は『浄土門』へと入られよ。見たところ、汝の手は汚れている。長年罪を作り続けた者であれども、南無阿弥陀仏と唱えれば必ず浄土へ阿弥陀仏と申す仏さまは汝を極楽浄土へと迎えてくださる。めでたき御浄土へ生まれ変わり、仏になることも出来よう」
 大学受験生、西口門は腕っ節の強さに自信があり、またリーダー肌であったが、そのぶん、仲間と共に暴力的に物事を解決するところがあった。
「おれは……地獄に落ちないのか?」
 僧は声を上げて笑う。
「面白いことを言う。ここ常陸国は浄土門の僧、親鸞が20年間に渡り住み続けた場所なり。彼《か》の僧が提唱するは〈悪人正機〉。煩悩多き悪人こそ救われるべきと説いた僧ぞ」
「哀れみ……と言ったところか。おお、良いぜ、在俗であろうが、おれは浄土門へ向かおう。具体的にはどうすれば良い?」
「合格発表後、〈三ツ矢学生宿舎〉へ入りなさい」
「そこに住むとなんかあるのか?」
「汝は、音楽家であろう?」
「まぁ、バンドはやってたわな」
「阿弥陀仏を唱える融通念仏から、良忍という僧は日本音楽の源流がひとつ、〈魚山流声明《ぎょざんりゅうしょうみょう》〉を大成させた。その研究をしている者が、毎年集う修行の場であり居住の場所が、〈三ツ矢学生宿舎〉である」
「じゃあ、おれは頭を剃ろう。ちょうどラップの修行の場……いわゆる〈サイファー〉が出来るような環境が欲しかったんだ。乗るぜ、その話!」
「落ちぬようにな、受験にも、そして八大地獄へも」
「ハハ! 今日から南無南無唱えてやるよ。おれにはいつも亡者が群がるからな。蹴散らすおまじないが必要だってわけさ。あんた、名前は?」
「拙僧のことをしてひとは、泡斎と呼ぶ。泡斎と呼ばれる僧は幾人もいるが、拙僧も、その一人である」
「また会おうな! ひとまずさらば」

 そんなやりとりがあって、MC西口門というラッパーはスキンヘッドになり、ここ、三ツ矢学生宿舎のリーダー格になったらしい。

「なに、その話? 三ツ矢学生宿舎の〈三ツ矢〉って、近くの神社の名前から取ってるのに、神道じゃなくて仏教説話っぽい装いの話なの? で、そんな逸話があの西口門にはあるっていうのかい。眉唾物だなぁ」
「まじなんすよ、その話。実話なんですって。信じてくださいよ、山茶花さん」
「ふぅん。少なくとも、蔵人《くらと》くんはそのエピソードを信じてるわけだね」
「まったく、ひとの言うことを疑ってかかるんだから、山茶花さんはぁ」
「ごめんごめん」

 僕、萩月山茶花は希代のベーシスト・蔵人くんに謝ると、夕食後の歯磨きに、宿舎の共同洗面所へと向かった。
 僕はあくびを一つして、鏡で自分の冴えない顔を見ながら歯を磨く。
 今日も一日、大学の講義お疲れ様だよ。
 まさかまた講義を受ける立場に戻るとは思ってもいなかったけれども。
 そして、夜の自由時間が始まる。

 僕は今、常陸の南、『学園都市』の〈大学生〉として、ここ〈三ツ矢学生宿舎〉の一室に住んでいる。
 見上げればあるのは筑波山。
 目をまっすぐ向ければ、都市がまるごと大きな教育機関と研究機関の集まりである『学園都市』の区画された街並み。
 ここは都会だ。
 しかし、そこに住む者のほとんどが学識高いという、異形の都市だが。

 三ツ矢学生宿舎での僕、萩月山茶花のルームメイトでキーボーディストの湖山《こやま》に影響を受けたのか、さっきからベーシスト・蔵人くんは僕の部屋で、奇っ怪なシンセサイザーをいじっている。
 うねうねした低音が出ている。
「湖山ぁ、このうねうねした攻撃的なベース音の出る機械はなんなんだ?」
 と、僕。
 即座に答えるのは、腕組みしながら蔵人くんのプレイする指先を睨んでいる湖山だ。
「山茶花さん。これはTB-303っす」
「んん? TB-303?」
「うねうねなのはワブルベースの音の特徴っす。このベースシンセサイザーから、アシッドハウスってジャンルははじまったっす」
 そこに重ねるように、
「最高すよ、このサウンド。山茶花さんもどうすか?」
 と言うのは、蔵人くん。
 この二人の語尾が「っす」ってなってるのは、ちょっと古い若者っぽくて、好感が持てる。
 それでいてこの二人、大学では成績優秀なのだから、侮れない。
 一体、いつ勉強をしているんだろう?
「やべ、ベースシンセを使う曲を書きたくなった」
「いいじゃん、蔵人。YMO超えようぜ?」
「クラフトワークスだっておれたちなら超えられるかも知れねーな」
 笑い合う湖山と蔵人くん。
 蔵人くんは腕につけた手錠の鎖をじゃらじゃらさせながら、TB-303というそのベースシンセでベースラインを奏で続ける。
 湖山は尖った髪の毛をゆさゆさ揺らしながら、そのうねうねするベースで高揚している。
 湖山は、僕に言う。
「この三ツ矢の〈プロップス〉じゃ、ミクスチャーは当然あり得る選択肢なんすよね」
「プロップス?」
「シーンてことっすよ、そのくらい覚えてくださいよ、いい加減。三ツ矢プロップスの、超ドープな最先端をおれたちは走っているんすから。山茶花さんは、その現場にいるんすよ? もうちょっと胸張ってたっていいくらい、それは名誉なことなんすからね」
 湖山に怒られる僕。
 ごめんごめんと言っていると、湖山もKORGのアナログシンセでベースに合わせて〈ウワモノ〉を乗せる。
 ごっついサウンドで奏でるアルペジオだ。
 暴力的とも思える即興演奏の始まりだ。
 僕はその音に耳を澄まし、ペットボトルのコーラを飲む。
 掛け時計を見ると、もう午後十時をまわっている。
 音楽オーケイの宿舎なのがこの三ツ矢学生宿舎のウリだが、まあ、騒音をこの時間にまき散らしているのを横目で見て、若干気が引けるし。
「コンビニに行ってくるよ」
 と、聞こえないだろうけど言ってみて、僕はドアノブをまわす。
 さて、学園都市で深夜徘徊とでも洒落込みますか、ってな。

 三ツ矢学生宿舎から外に出て、学園都市の街を歩く。
 自動車もひともまばらだ。
 逆を言えば、まばらなだけで、十時過ぎでも、ひとは歩いている。
 歩いているそのほとんどは学生くらいの年齢のひとたちだ。
 セイコフマートで珈琲とグミキャンディを買って、小さな公園に入ってゾウさん滑り台に乗って珈琲を飲みながらグミを噛む。
 空は星々がきらめいている。
 グミを咀嚼していると、公園そばにあるライブハウス『たまつかの坂』の入り口のネオンの奥から複数人の罵声が飛んできた。
 そして、ライブハウスからつまみ出されるスカジャンに、鍵穴の付いた錠前のかたちをしたゴールドチェーンネックレスをつけている男。
「痛てぇ! ふざけんなよ、おれはフリースタイルバトルがやりたいだけなんだ!」
 つまみ出された男の叫びに、つまみ出した屈強な男が言う。
「オオトリの超人気ラッパーの舞台に上がり込んでバトルを申し込むだぁ? てめぇは営業妨害を何度したらわかる! 田舎者が調子こいてんじゃねーぞ!」
 ぼぎゃっと派手な音がした。
 つまみ出された男が屈強な腕のげんこつで殴られたのだ。
 殴られて倒れたところに、次いで蹴りがみぞおちに入る。
 吐瀉するスカジャン男。
「もう二度と来んな!」
 つまみ出した男はネオンの中に戻っていった。
 僕はスカジャン男に近づいて、倒れてげーげー吐いてるその頭の上から声をかける。
「またMCバトルを希望したのか、西口門?」
 スカジャン男はよろよろと起き上がって、
「あ。誰かと思ったら萩月山茶花か……。畜生!」
「宿舎に帰ろうぜ」
「畜生ッ」
 僕はスカジャンのこの男、西口門の肩を担いで、三ツ矢学生宿舎まで歩きだす。
 西口門は、宿舎に到着するまでずっと、
「畜生! 畜生!」
 と、繰り返していた。
「西口門。宿舎のみんなの使う言葉で言うなら、西口門は〈オールドスクール〉なんだよ」
「おれがオールドスクールか。ハハッ! 面白いこと言うじゃねーか、山茶花」
 オールドスクール。
 昔ながらの価値観やスタイルの〈プレイヤー〉のことを指す言葉が、〈オールドスクール〉だ。
「畜生! 見ていやがれ、おれの声明《しょうみょう》が最高のフロウに変わっていくサマを、なぁ! ライムデリバリーにはあとちょっとで届く!」
〈フロウ〉とは、ラップに於いて、〈言葉が演奏される〉そのサマを言う。
〈ライムデリバリー〉とは、フロウをリズム視点から表現するときに使う用語だ。
 この場合、ステージで輝けるようになるにはあともうちょっとだ、みたいなところか。
「頑張れよ、西口門」
「ありがとよ、山茶花」
 西口門は、腫れたまぶたの瞳で、空を見上げる。
「月がまぶしいぜ」
 僕はつい吹き出してしまい、それを隠すように言う。
「せいぜい笑う月に追いかけられないようにしろよ、西口門」
「笑う月? ハッ! 安部公房かよ!」
 とぼとぼ歩く僕ら二人の影は、月明かりで長く伸びた。

 学生宿舎の僕の部屋に担ぎ込まれた西口門は、湖山に介抱してもらう。
 いたるところ傷だらけだ。
 腕っ節が強いスキンヘッド野郎の西口門だが、そんなに暴力を振るうことはしない。
 凶暴さは、ヒップホップが吸い取っていったのだ。
 憤りの、矛先が、今のこいつにはある。
「へっ! 『たまつかの坂』の警備の奴は、二度と来んなみたいなこと言ってたけどよ、結局はおれたちのバンド『ザ・ルーツ・ルーツ』が出演しないとこの三ツ矢プロップスの〈うねり〉はわからないわけで、出演オファーは必ず来るんだよ。MCバトル、やらせてくれりゃぁ盛り上がるのによぉ。なにがヘッズたちの邪魔になる、だよ。クソが。フリースタイル禁止はねーだろうよぅ」
 僕はため息をはく。
 ヘッズとはファンのこと。
 つまり、ファンの迷惑になるからやめろ、と追い出されたわけだ。
「西口門が目指すところって、なんなんだ? 他人のバンドやユニットのライブの邪魔をしてかき乱すことが目的じゃないだろう?」
「十年前の〈厄災〉……」
 西口門は語り出す。
 僕がここに来た目的と合致する、その話を。
「この『学園都市』もまた、十年前の〈厄災〉によって、壊滅状態になった。必要なのは〈衆生済土《しゅじょうさいど》〉だ。なぜならば、仏教ってもんの最大の目的は衆生済土だからだ。言い換えれば、〈民草を救うこと〉で、おれたちが目指すのは民草を救って、極楽浄土へと導くこと。そのための〈こころという地獄〉から人々を救う〈声明《しょうみょう》〉をアレンジしたおれのライム、そして極楽へ続く階段としてのおれたちのバンドだ。それは厄災を齎した平将門の力を封じ込んで、今度こそ永久に封印することにも通じる。だが、この『学園都市』が復興したとき、張り巡らした学園都市の結界は〈国家鎮護《こっかちんご》〉のために特化したものだった。国家鎮護……国のお偉方とのパイプ。この学園都市は、国の要人というパトロンと密着することによって権勢を振るうこととなった。国内最大の学園都市サマの誕生さ。だがよ、権勢を振るうことになると生まれるのは、〈堕落〉と〈腐敗〉だ。多分に漏れず、学園都市もその内部構造の腐敗は免れることはなかった」


〈国体〉を守ること。
 つまり、国の体制の維持。
 それが国家鎮護。
 国家鎮護は、救済とは違う。
 いらないと体制が判断したものは切り捨てて、国体を守ろうとする。
 その姿は、民衆の救済とはほど遠い。


 僕は、湖山にヨードチンキで手当を受けながら語っている西口門の言葉に、静かに頷いた。

 騒がしさから一転して静かになった夜が、更けようとしていた。

 三ツ矢プロップス・ナイト、と題されたライブコンサートが今週も開かれた。
 西口門をつまみ出したライブハウスである『たまつかの坂』は、西口門のヒップホップバンド『ザ・ルーツ・ルーツ』をトリにして、対バンを行った。
 対バンとはいくつかのバンドが代わる代わるライブを行う形式のことであり、トリとは一番最後にライブを行うバンドのことを指す。

 ドラムの錦《にしき》くんがルーズなビートを叩き、そこに蔵人くんのベース、湖山のキーボード、ラップを歌いながらの西口門のギターが重なる。

 眼も眩むような高速の言葉を繰り出しながら、西口門はギターのカッティングを鳴らす。
 西口門は、〈魚山流声明〉の使い手であり、ラッパーであり、ギターも弾く。
 彼の実力は、確かにこの学園都市随一で間違いないだろう。

 西口門は彼特有の〈パンチライン〉で最後の楽曲を締めた。
「Num-Ami-DaDaDa-Butz!!」
 一瞬の沈黙の後、オーディエンスから拍手喝采が送られる。
 パンチラインとは、ラップの〈ライム〉……つまり歌詞、の決め台詞のことだ。

 オールスタンディングの客席でオーディエンスとして『ザ・ルーツ・ルーツ』の演奏を聴き終えると、僕は大きく拍手をしてから、お客さんたちをすり抜けるようにして、ライブハウスの外に出る。

 熱気が冷めるような外の空気を吸う。
 夜空が綺麗だなぁ、と天を見上げながら、スポーツドリンクを飲んで思う。

「楽屋には行かないのね」
 甲高い女性の声。
 見上げた空から顔を地上に戻す。
 そこに仁王立ちしているのは金髪眼帯ポニーテイルのゴス衣装少女。
 百瀬探偵結社の誇る女子高生探偵の。
 小鳥遊ふぐり、だった。

「油売って数ヶ月。なにやってんのよ、この雑用係!」
 汗を拭って、僕はふぐりに返す。
「油売るのも、悪くないな、と思ってね」
「阿呆が格好付けてもキショいだけよ、阿呆は阿呆なりに仕事をこなしなさいよね。なに大学生に溶け込んでんのよ、バカ山茶花。あんたねぇ、学生時代にでも戻ったつもり?」
「ごめん、ふぐり。僕にこんな素晴らしく青春な学生時代は存在しないよ」
「いつものえろげオタクに戻りなさいよ。それでこそうちの探偵結社の雑用係ってもんでしょ」
「確かに、ね。その通りだ」
 ふぐりは僕に言う。
「〈毒麦は蒔かれた〉わよ」
「毒麦を摘み取るかい?」
「いいえ。収穫時により分けて焼き払うわ」
 僕は思わず吹き出す。
「聖書の〈毒麦のたとえ〉みたいだね」
「その通りでしょ」
「難しいなぁ」
「南無阿弥陀仏も良いけれども、その南無阿弥陀仏の浄土真宗本願寺派の本山である西本願寺には、新約聖書『マタイによる福音書』の一部が伝わっている。その『山上の垂訓』を中心としたものの漢訳の、『世尊布施論《せそんふせろん》』から、親鸞はキリスト教ネストリウス派の教えも学んだということが、今回の事件に繋がっていること、忘れないで。いいかしら、山茶花? あんたが青春ごっこやってるうちに、また将門の引き起こした〈厄災〉の二の舞がこの国を襲うわよ?」
「厄災…………この場合、疫病……、か」
「この三ツ矢周辺が昔、常陸の八坂信仰の中心だったこと、忘れないで」
「八坂信仰は、疫病神である牛頭天王を祀っている、ってこと、でいいのかな」
「そうよ!」
「ありがとう」
「好い加減、目を覚ましなさい! このどあほ!」


「目を覚ませ、か。……でも、そんなこと言ったってさ…………心地良いんだ、今の暮らしが、さ」
 僕がもじもじと鼻をかきながら声を漏らすと、ふぐりは、ため息をつく。
 ふぐりは月明かりとライブハウスのネオンに照らされながら、キラキラ輝いている。
 美少女であるふぐりに夜空とネオンが反射して、見えるその姿は、まるで漫画の世界から飛び出てきたヒロインのようだ。
 だが、そんなこと言ってられなさそうだった。
 ふぐりは、本気だ。
 緊張感を持って、ふぐりは僕に問う。
「山茶花。〈新宗教〉や〈カルト〉に顕著な、信者以外は滅びるので今すぐ入信しろって言うような突飛なタイプの〈千年王国〉の考え方は、キリスト教と仏教の弥勒思想、それに古神道にはつきものよね。逆に、例えばマックスウェーバーの本だと、人間ごときには神が考えることはわからないのでそれまでの歴史の蓄積から、だいたいこうなんじゃないかな、という推測を立てての行動となる、っていう前提から議論が始まっているわね。創造主たる神の考えがわかるのは神のみで、本当に信心深くないといけないかすら、それは神のみぞ知ることで、人間のコントロールの範疇を超えているって話だったわね」
 僕は頷いた。
「そうだね」


 ふぐりは腰に手を当て、威圧的な態度で僕に説明する。

「千年王国思想に関しては得てして次のことが言えるわね。

1. それは信徒が享受するもので、
2. 現世に降臨し、
3. 近々現れ、
4. 完璧な世界であり、
5. 建設は超自然の者による

 ……という共通した世界観を持っているの。
 その上で、


a. この世は悪に染まっており、
b. 全面的に改変する必要があり、
c. それは人間の力では不可能で、神のような者によらねばならず、
d. 終末は確実に、そろそろやってきて、
e. 来るべきミレニアムでは、信徒以外は全員居場所を失う、
f. そのため、信徒を増やすべく宣伝しなければならない。


 ……という〈症状〉を伴う、とされる」


「それが、なにか?」
「あんた、あのへぼ探偵の破魔矢式猫魔《はまやしきびょうま》と一緒に、皇国史観の過激派のブラックリストに載ってるの、忘れてない?」
「ん? なんのことだい?」
「この阿呆! 孤島《こじま》のことよ! 〈一人一殺〉の、ね。あのグループとどう繋がっているかはわからないけど、神道系の新宗教の大きな流れに、〈出口〉の一派がいるじゃない。一派というには、あまりに〈おおもと〉な。古事記をグランドセオリーに解釈して、聖書をその体系に取り込もうとした一派。ほかにも続々と団体名が浮かんでくるけど、終末思想には、信徒のみが救われるタイプの千年王国的発想がつきものだわ。国家主義的神道説と千年王国救済思想が結びついて発展した新宗教には、〈信徒以外全員の居場所を失わせる〉工作をしたい連中もわんさかいるってことよ。別に、今挙げた団体が、ってことじゃないけど。弥勒思想もまた然り」
「うーん? つまり、戦争をはじめるってことかい?」
「そ・の・と・お・り・よ! 救済という名の、選民思想が大好きな連中が蠢いてるのよ、今、ここ、学園都市で」
「まだちょっとわからない。話が見えないよ」
 と、そこに、よく響く男の声がする。
 よく知ってる声だ。
「どうもふぐりは説明ベタで仕方がないな。話がこれじゃ進まない」
「あ。猫魔!」
 声の主は探偵・破魔矢式猫魔だった。
「うっさいわね、へぼ探偵!」
 べーっと舌を出して猫魔を威嚇するふぐり。
 それにも介さず猫魔は言う。
「さて。じゃあ、この土地と八坂神社の縁起の話から始めようか」
「え? なに? 土地の歴史を遡るなんて。そんなに事態は複雑なわけ?」
 人差し指を自分の眉間にあて、ふぐりはまたため息をつく。
「あんたねぇ。学園都市と言えば県内一の交通事故量を誇る場所で、そして今、全国で謎の疫病が流行りつつあるの、知らないとは言わせないわよ。地震も多いし」
「それが、この件と、関係が?」
「連合国全部に接収された、軍隊の負の遺産の研究の一部として、学園都市から海外に研究者たちが流出して。それで、帰ってきてる連中もいるって話よ! そいつらが、試験的に牛頭天王の疫病神としての機能を自身らの生物兵器的呪術の依り代にしているの。交通事故の多さは、ここ学園都市に瘴気の〈地場〉が生まれているからよ」
「なに? 国家レベルどころじゃないだろ、それ!」
「ここは日本が誇る『学園都市』よ! 科学の最先端なの! ミュージックにうつつを抜かして忘れてない? 山茶花、あんたほんとにあたま大丈夫?」
 僕までため息をついてしまう。
「末法と来りゃぁ、孤島の奴も動く、か。猫魔。どうなってるんだい」
 ケラケラ笑う猫魔。
「そうげんなりするこたないぜ、山茶花。なぜならさ、運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいないからさ。〈正義〉の在処なんて、探したって無駄なことだ」
「運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいない……か」
「マボロシの大学生活をエンジョイしてるところ悪いが、事情の説明といこうか」

「まずはここ、学園都市のそば、八坂神社のある玉取町の縁起から、だな」
 僕は猫魔に、
「手短に頼むぜ」
 と、頼んでみる。
 すると、
「長話はする気なんてないさ。対バンのイベントが終わって、お客さんもバンドマンたちも、外に出てくる頃合いだからね。ステージが終わって、ドリンクチケットでお酒飲んでたり物販を買ってる時間だろ、今。すぐにここにひとが集まってくるさ。いなくなったら今度は搬入口からバンドマンが撤収作業だ。そう時間もないからね。手短に話すぜ」
 と、猫魔はクスクス笑った。
「そこ、笑うとこかよ、猫魔」
「いや、すっかり大学生に溶け込んでしまった山茶花は、それはもう、愉快でたまらないよ。おれだったら大学生と一緒に宿舎生活なんて出来ないね」
「それはどうも」

 探偵が玉取町の縁起を語り出す。


 三ツ矢八坂神社、知ってるだろ。
 その神社が近くに鎮座しているから、現在、山茶花が住んでる宿舎の名前がそこから取られて三ツ矢学生宿舎になったんだ。
 三ツ矢八坂神社は、京都祇園の八坂神社から勧請《かんじょう》された、という。
 以来ここは、常陸国に於ける牛頭天王信仰……言い換えれば祇園信仰、の中心だったんだ。
 八坂信仰と言った方がわかりやすいかな。
 ライブハウスや飲み屋が多いのは、ここが花街だったことの残滓だ。
 花街だからこその祇園であり、八坂信仰なんだね。

 おれたち百瀬探偵結社にとって、この三ツ矢八坂神社が重要なのは、この神社に天慶年間のとき、藤原秀郷が〈平将門征伐〉の戦勝祈願として〈矢〉を納めたからだ。

 話は前後するが、この〈玉取町〉の〈玉〉とは、〈ギョク〉であり、また『玉座』に通じているのさ。
 三本脚の鴉……八咫烏がくちばしに玉を加え運び、途中で〈撃たれて〉穴に落とした。
 これがなにを意味するかというと、茨城の土蜘蛛……まつろわぬ者……を、朝廷が制圧し、支配下に置いた、という意味から転嫁されている。

 何故、八咫烏は撃たれたのか。
 ざっくりと見ていこう。

 昔、三本脚の鴉がこの地域に飛来した。弓の名手が、後に〈天矢場〉と呼ばれることになる場所に櫓《やぐら》を建て、鴉に向けて矢を放った。
 三本目の矢で、三本脚の鴉を射落としたそうだ。
 撃った矢が落ちた場所にはそれぞれ一ノ矢、二ノ矢、三ノ矢との地名がついた。
 ここが三ツ矢と呼ばれるのは三ノ矢が、訛ったのか、もしくは言いやすくしたためなんだ。
 射落とした鴉は、〈玉〉を持っていた。
 それで、三発目の矢で落とし、そこは三ツ矢になった。
 落とした鴉は〈玉塚〉に埋めたそうだ。
 〈鴉〉と一緒に〈玉〉が埋まった場所だから、町の名前が〈玉取町〉になった。
 まつろわぬ者は、討ち取る。
 そういういわれがあるから、藤原秀郷が〈平将門征伐〉の戦勝祈願として〈矢〉を納めたんだな。


「なるほどね。それがここの縁起か」
 猫魔は頷き、僕もまた頷く。



つづく!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?