ライブへ行き、音楽になり、不死身になった
死後の夢がある。将来の夢みたいな感じで。死後の夢は、音楽になることです。
私はこの人生に満足している。それはそうとして人生は全てむなしい。RPGのゲームに、セーブスロットがいくつかあったりする。あれのひとつが自分のこの人生だとしたら、別のセーブスロットだったらよかったな、と時々思う。そんなゲーマーの喩えじゃなくても、世の中のたくさんの人が、「異性に生まれていたらどんな人生だったかな」「外国に生まれていればどんな生き方をしていただろう」と、自我への悩みとは無縁なところで思い浮かぶことがあるはず。たぶんそれと同じことだ。
私の思う別のセーブスロットの主人公は、人間ではなく音楽に生まれている。
私はライブへ行った経験が少ない。1度目は、2003年のオリビア・ニュートンジョンのライブ。親がオリビア・ニュートンジョンのファンで、幼児だった私の託児先がなかったため、会場に連れられていた。ずいぶん昔で、あまり記憶がない。2度目は、2013年のotto&orabuのライブ。学生の私はアール・ブリュットの展示を巡っていて、その流れでotto&orabuに興味を持った。朗読の方々の声がとてもまっすぐしていたこと、舞踏の方が心から楽しそうに踊っていたこと、不揃いな楽器の音が雑穀ご飯のようで食欲がそそられたことが印象に残っている。
人生でライブへ行ったのは、その2回きりだった。私は元々、催し物と外出があまり得意ではない。すれ違う人々の挙動がこちらへ向かってこないか、いちいち心配する癖があるから、人の多い場所は具合が良くない。遠方へ、住んでいる九州の外へ行く気もなかなか起きない。好きなミュージシャンのライブがあると聞いても、大抵は本州での開催だ。otto&orabuのライブも、福岡での開催だったから行くことができた。そういうわけで、ライブとは縁が薄いように感じていた。
去年からceroの音楽にはまっていた。神秘的な空と軽快な地の間にここちよい空間があり、その空間の平衡感覚を提供してくれる、そんな曲を作っているのがceroというバンドだと思っている。
数ヶ月前、CIRCLEというライブが福岡で開催されることを知った。何組ものアーティストが出演するライブ、つまりフェスというもので、音楽好きの皆の言うフェスが何のことなのかもその時に知った。CIRCLEは福岡で毎年のように開催されていたらしい。
CIRCLEにceroが出演すると聞いて、とてもそわそわした。ceroの曲はいつもSpotifyで聴いていた。あの曲を作っている方々が、福岡に来るなんて。何度も何度も聴いた音楽を、そのミュージシャン達を目の前にした時の感覚を全く想像できないが、いてもたってもいられない。でも、ライブというものはなんだか、自分と関係ない世界な気がする。特にこのフェスというものはとても規模が大きそうだ、行って具合を悪くしないだろうか。
そんなことをBlueskyでぼやいていたら、ゲームのイベントに慣れていらっしゃる方から、ライブには是非とも行ってみてくださいとおススメしてもらった。その後押しもあり、逡巡するのを切り上げてチケットを買った。
2024年5月19日、CIRCLE '24のDAY2。私の脳内はわくわくよりも心配で埋まっていた。人の多いところへ行くのは、やっぱりあんまり好きじゃない。心配通りに電車は混んでいたし、会場の入り口も人だらけだった。それでも会場はだだっ広い海沿いの公園で、晴天と風が気持ちいい。友人や家族と何度か遊びに来たことのある場所だったから、その時の思い出で不安な気分を紛らわせた。
ceroの公演は午後からで、それまでは原っぱで食事をした。会場内の写真はこれしか撮れていない。緊張していたから。その割に、この写真では小規模にはしゃいでいる。出店で買った羊肉のロールと一緒にぬい撮り。
13時台からceroの公演が始まった。私は立って観覧するエリアの、かなり前の方で開演を待っていた。周囲には同じceroのファンと思しき方々が集まっている。私はそれが不思議な感覚だった。ceroファンの知り合いはいないし、音楽趣味でオンラインの交流をしている人もいない。だから、同志がこんなにたくさん、と不思議に思ってそわそわした。福岡にceroがやってくることを知った時と同じ、良いそわそわ。
ステージにメンバーの方々が揃う。私はとにかくceroの音楽が好きだけれど、プロフィールやこれまでの公演のことには詳しくなくて、周囲のファンの方々はより明瞭なわくわくを感じているのだろうと思った。そして私は、芸能人とか有名人とか、そういった方々を実際に目の前にするというのが初めてで、一体どんな気持ちになるのだろうと自分を観察していた。
私はメンバーの方々を、周囲に集まったファン達と、全く同じ地平にあるように感じていた。そして私自身も、同じ地平にいた。
演奏が始まり、音が鳴り、歌が響いた。ファン達はリズムと共に体を動かしていて、私もそうしていた。フェスでそういうふうに体を動かすことは知っていたけれど、知識のままに履行しているわけじゃなかった。全身が勝手にそうなった。みんなもきっと、自然と動いていた。音楽が響いて、周囲が音楽になっていく。私は音楽になった。
音楽は大音量で喉と胸に響いた。私は自分が聴いているのか歌っているのか分からなかった。音楽になっていたから、そのどちらでもあった。
音楽になりながら、これまで自分がいかに音楽になりたかったかを思い知っていた。楽器は上手く弾けない。作曲の仕組みがわからない。歌声はひっくり返る。話し声さえガサガサとして、いつだって思い通りの声色が出ない。音楽のことはこんなにも好きなのに、毎日何時間も音楽を聴き、何百枚ものアルバムを聴いてきたのに、自分がそれになれたことは一度もなかった。
自分がこの先音楽になることは不可能らしかったから、これまでの私はスタート画面で「はじめから」を選んで、音楽のセーブスロットを作っていた。音楽は最初のベッドから起きることもなく、ただ空っぽのセーブスロットとして用意され続けていた。万が一、私のセーブスロットが「詰み」になってしまった時のために。
全てが音楽になっていた。ceroの方々もファンも私も、ひとつの音楽になっていた。えっ、音楽、なれるんだ、と途中で気づいた。未知の幸福に包まれた。『レテの子』が歌われて、「何にでもなれる」という言葉が繰り返されていた。私は目を閉じて、その言葉を何度も味わった。
演奏が終わり、音楽であった空間は一瞬で消え去っていった。それを失われたとは感じなくて、私は音楽になれたということを何度も思っていた。このセーブスロットで、この人生で、生きたまま音楽になれるのか。それなら、「はじめから」音楽であった人生のことは考えなくていい。スタート画面は、ずいぶん遠くにあるように感じた。家からライブへ行くよりも、ずっとずっと遠くにある。
死後の夢は音楽になることでした。将来の夢みたいな感じで、その可能性がどこかにあった。今は少し違っている。毎日少しずつ、音楽になれる可能性を持ち続けている。可能性があるから、「詰み」は起こらない。だからこのセーブスロットは不死身になった。毎日の夢は、音楽になることです。