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kono星noHIKARI 第16話

GALAXY BODY CLOCK II 2020.05.06

 
 いかにして彼らは何百光年も離れた距離にある2つの星間を時を同じくして移動できるのか。
 大質量の恒星が自らの重力に押しつぶされブラックホールになる際、重力の崩壊が起こる。恒星の最期に起こる崩壊は、空間と時間軸を大きくねじ曲げ内へ内へとあらゆるものを飲み込もうとする何万年も続くマイナスのエネルギーが発生する。宇宙空間を漂っていた形なき者《shapeless》が偶然終焉に出くわし、吸い込まれ違う空間に排出されたことから、この重力の崩壊を利用して移動する術を身に付けた。《shapeless》が時間も距離も関係なく宇宙に漂うことができたのは、ブラックホールを利用したことによる。

 彼らの星KPnsで、形を有する者《shape》が発生して、MINDだけでなく、身体も一緒に時空を超す研究が進んだ。時空の湾曲を重力崩壊時のエネルギーで作り出す。時空を永遠に長いribbonと仮定した場合、折りたたんで幾重にも重なった共通部分に発生させた穴、つまりワームホールを通ることで時を同じくして何百光年の距離の移動を可能にした。ワームホールの直径僅かな細さを通り抜けるためにはMINDと身体を切り離し、身体を粒子にする必要があった。元々原子を寄せ集めて作られた身体を再びバラバラにするのは《gemini》であれば容易い事だ。しかし、異星へのTRANSはいつでも行える訳ではない。時空のribbonを折りたたむ際に、僅かなズレにより同じ時間軸に戻ることも、KPnsに帰ることもできなくなる。エネルギーの貯蓄とribbonの調整には約2000時間が必要だといわれている。
 沢山の時間を費やし研究し作られた装置によって、彼らはこの地に立っている。しかし、ノアのMINDは、エネルギーを集める装置の無いこの地球で時空軸を飛び越えた。

 この星にTRANSさせるため《original》のノアの身体とMINDを切り離し、彼の中のGalaxy body clock(宇宙時間)を誘発させてしまったのは確かだ。ニコはノアにTRANSを許したことを深く後悔した。MINDが離れてしまったら、引き止めておくことはできない。それがいつなのか、どのくらい未来に飛ぶのかまだ分からないのだ。
 相馬は一本の糸を辿って、ノアのMINDを呼び戻した。ノアの帰りたい意識と身体を繋ぐ糸が見えるのだと言った。ノアが向かう場所を調べ、共にその場所へ行き、MINDが離れた身体の側で、銀河の危機を回避させたノアの糸を手繰れば、呼び戻すことは不可能ではないはずと相馬は言った。
 ニコは、Topのデータから地球にTRANS後、行方不明になっている者をピックアップし、Galaxy body clockについての手がかりを探そうとしている。

 南十字星が見える空に流れる沢山の星とブラックホールの影から迫る彗星と関係があると思うからノアにあの日のことをもっと詳しく聞きたいとダニーから言われたニコは、覚悟した。
 このメンバーのスペックがあれば、ノアが南の海に行った未来が何時なのかを明確に導き出せる。その場所でノアを助けるのは自分なんだと。そして、ダニーにGalaxy body clockについて伝えた。

 翌日の午後、ダニーが皆を呼び出した。
 カウンターにニコとリオ。ソファーにジェフとノア。ディスクにルカが座っている。 
 
 ダニーはその間をゆっくり歩きながら話し始めた。
ダニ「ノア、相馬さんに伝えたことをもう一度聞きたい。思い出すのが辛いと思うけど、南の海でのことをもっと詳しく聞きたいんだ。あの彗星と関係している可能性がある。そして皆で共有したい事がある。ニコが話すから......」

 ニコが椅子から降り大きく一度呼吸した。
ニコ「ノアが眠っている時に相馬さんと話したことなんだ。ノアも聞くのは初めての内容だよ。ごめんね。でも、知らなければいけないことなんだ」  
 相馬から聞いたGalaxy body clockとノアが相馬に語った南の海での経験をなるべく簡潔に話し始めた。

 ノアは左の口角を少し上げて、時々頷きながら床の一点を見つめ聞いていた。ジェフは髪をクシャクシャさせ頭を抱えた。リオは天を仰いだ。ルカは歯を食いしばり調査すべき項目をいくつもPCに記録していった。ダニーは窓から遠くを見つめていた。

 数日してオフィスでダニーの質問が始まった。ノアは答えてはいるが、経験した恐怖がふと甦る。同席しているニコが強ばるノアの表情にすぐ気付き質問を止める。ノアは、皆に気を遣わせていることが心苦しい。

 ノアの仕事である、生物の遺伝子収集は今は気分転換も兼ねている。
ノアをひとりで外出させないようにとニコから言われ、外出時はリオかジェフが付き添う。新型コロナウィルス対策特別措置法が言い渡されている為、散策するのはビルの近くだが、毎回の様にノアの回りには動物が集まってくる。ノアは嬉しそうに動物たちと戯れる。じっとしていると、こんな都会にこんなに?と思う程の雀や鳩、烏に囲まれたりする。逃げ出したと思われる、猫や犬、トカゲまでも出てくる有様で、近所の交番の警察官と顔なじみになるほどだ。

 規制が少し緩和されてからは、ノアは念願の水族館に足繁く通った。
 ある日、シャチやイルカを外海に出そうと入室禁止の場所に入り込んで警備員に捕まり、水族館事務所で大泣きしているノアと下を向いてシュンとしているリオをニコが迎えに行き、平謝りした事があった。

ノア「広い海に行こうって言ったら『ここにいる』って。なんでだよぅ。なんで?」
 とボロボロ涙をこぼしていた。
 生物が一番望んでいるのは自然界で生きる事だと確信しているノアに、この星の野生生物や、ペット、家畜などの生物の運命を伝えるのは少し残酷ではあったが、知らなければいけない事だ。ニコが噛み砕いて教えるにつれ、ノアの心も徐々に強くなっている。

 ノアに備わった動物と意思疎通できるスペックはGalaxy body clockに何らかの影響があると思い、ニコはノアの身に起こることを記録し続けている。

ノア「果物もさ〜『いいんだよ。気にしないで私を食べていいんだよ』って泣くんだ」
 とオフィスのソファーでボソッと言ったノアの言葉に、リンゴを口に入れようとしていたリオが、ぼとりと床に落とし、ジェフが慌てて放り投げ、ルカがりんごの入った口をあんぐり開けた。
ノア「なーんてねっ!」
 舌をペロッと出したいたずらっ子のノアをリオが怒って追っかけ、バタバタと走り回る。

ニコ「もー、このふたりは子供か?やめなさいっ!」
 言っているニコも見ているルカも笑っている。ジェフのAHAHAHAHAという声が久しぶりにオフィスに響いた。

 ノアの元気な姿とジェフの笑い声は回りを明るくする。
 外出の度に何かしらの問題を起こしていたが、少しずつこの星に馴染んできているようで、いちいちニコが呼び出されることも減ってきた。

 TRANSした日に地上を見下ろした同じ場所にノアが立っている。
──ここに来たのは偶然じゃない。あの彗星が他の星に影響を及ぼすのは、実際にあることなのだろう。宇宙の危機がこれから起こるんだ。それをオレが?回避させる?できるの?

 少しヒンヤリしてきた風が背中をザワつかせる。
──オレが産まれてきたのは何の為?これは誰が決めたこと?何故?自分の星だけでなく、この地球にあるこの膨大な生命の運命も、オレに?
 ノアは途方もなく大きな物に押し潰されそうで呼吸が苦しくなる。

 屋上の柵の端にいたリオがノアに気付き、ゆっくりと歩いてきて声をかけた。
リオ「おっきなお月さんだね」

ノア「え?あ、気付かなかった」

リオ「今日の月はフラワームーンて言うんだってさ。この星の人は一個しかない衛星に沢山名前を付ける。不思議だよね」

ノア「あ、ホントだー。きれいだわ──」

リオ「ノア。無理しなくていいよ。苦しかったら言いなよ。泣きたくなったらそうしていい。無理に笑わなくていい。僕はみんなと一緒に一瞬で消えてしまうのなら怖くない」

ノア「オレはね、笑っていたいのよ、マジで。みんなと。笑いながら生きたい。リオは、生きたいと思わないの?」

リオ「結構、幸せで満足なんだ。今の自分に。未来へ行ってさ、宇宙の危機を救う為に寿命を縮めるんだったら、宇宙の危機が来るまで長らえてもいいと思うんだ。僕たちの星のデータはまだ、10年以上ある」

 ノアを見て柔らかく微笑む。
リオ「みんな、ノアを救おうと動いてるよ。ニコはもうすぐ相馬さんのところに行くし、ダニーとルカは少しでも、ノアにいい報告をしたいと頑張ってる。大事なんだ。ノアを失いたくないんだ。途中でも僕たちは後悔はしないと思うんだ。ノアをひとりで遠くに行かせたくないよ」

ノア「でも、この星は、こんなにも命があって。できるかわかんないけど、この星をオレ──救おっかなって」

リオ「ノア!そんなこと!ひとりで抱えなくていい!」
 ノアの右手を両手で強く掴んで叫んだ。

ノア「でもね、海で会ったあの子と約束してんのオレ。行かなきゃ、あの子はあの広い海でひとりになっちゃうじゃん?あの子がオレの代わりになっちゃうよ?あんな、ちっこいのに。だから、オレは行かなきゃいけないんだよ」

 その場にペタンとしゃがみこんで泣き出したリオを、今度はノアが両腕で包み込んだ。
ノア「みんながさ、銀河を救ったオレを連れ戻してくれるんでしょ?ね?」
 と、あのいたずらっ子の顔でリオを覗き込む。

リオ「そうだよ、そうするよ。そうだよ。当たり前だろ!僕たちがノアを連れ戻すに決まってるじゃん!絶対!必ず!ノアを」
 リオはノアに繰り返し言った。


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