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kono星noHIKARI 第7話


GEMINI & ORIGINAL Ⅰ   2020.03.30


 1月に海外から戻ってきたリオは、日本での移動の規制が強まる前にと、今度は国内旅行へとさっさと飛び出して行った。再び戻ったのは3月の半ば。帰ってきても相変わらずのご機嫌ななめだ。

 オフィスではダニーから一番離れたディスクで、MUGENのデータ訂正と補足を行っている。何かダニーに伝えたい場合は必ずジェフを通す。徹底してダニーと会話をしないという態度をとっているが、ダニーはリオの挑発には乗らず、PCを淡々と操作している。リオの機嫌は益々悪くなり、自室へドカドカと足音を立てながらしょっちゅう帰っていく。
 ダニーが居ないと、パジャマのままオフィスで退屈そうな表情でPCを操作しているが、時間の半分はゲームをしている。
 肌の色は透けるように白く、メイクをしていないにもかかわらず唇が赤い。リオがPCを操作しながら髪をかけあげたり、小首を傾げたりする都度に肩までのストレートの金髪がさらさらと絹のように揺れる。前髪に隠れたふわふわと漂う瞳に捉えられた相手は、小悪魔的な魅力に一瞬で取り憑かれ、呼吸が止まりそうになる。たとえリオがあぐらをかいていても、女性だと思うだろう。が、見慣れているジェフにとっては、リオはまあ美形の部類に入れてやるかぐらいの認識だ。
 彼らの星で年齢という概念は薄い。遺伝子の組み換えで寿命を延ばす力を持ち、ある程度成長するとあまり見た目の変化が起こらなくなる。リオは18年齢だがこの星の数え方であれば14歳程だ。成長速度の違いから20代前半に見える。何度か遺伝子の組み換えをしているダニーやジェフ、ルカ、ニコも見た目は20代だ。
 Request(クローン申請)し許可され誕生した《gemini》はTop(中央省)の管轄であるCenterで必要な教育を受けながら成長する。ノア以外の5人はCenter出身だ。16年齢になるとひとりで生活できる権利を得る。親しい間柄であれば申請者と暮らすことも構わない。リオがRequestされた理由はK384の職務上の引継ぎと聞いていた。ダニーはリオの身元引受人となっているので、よくあるようにダニーと同じ居住区内に住むことにした。
 一人暮らしを始め、ダニーのいる宇宙研究省で働くようになってから、微妙な周りの空気や、スペックのインプットをダニーが強要しないことに疑問を持った。程なく、この星へのTRANS希望者の募集が発表された。ダニーが行くことは聞いていた。リオも地球がどんな星かを実際に目に焼き付けたい願望があった。そして、ダニーと長い時間を共有する間にたくさん会話をして、その中で自分が何者か知ることが出来るのではないかと考えた。しかもダニーと仲が良く、リオの出生を知るTopのジェフも同行するとなれば行くしかないと決心した。最初は危ないからダメだと反対し続けたダニーだが、地球のアートへの憧れと歴史の興味を何日もかけて熱弁した結果、やっと折れてくれた。その後の審査もスルスルと通り僅か1名の枠に収まってしまった。
 が、TRANS後の現在、ダニーは忙しさを理由に話をする間もくれない。時折、だだ洩れするジェフの意識にリオの感情が振り回され、ダニーとジェフから少し離れてみたが、気持ちの整理がつくという成果には及ばず、変なところに片足を突っ込んだまま抜け出せない、そんな宙ぶらりんのリオが出来上がってしまった。

リオ「ジェフ、ご飯に行こうよ」
 これみよがしにジェフを誘う。

 一緒に行っても、リオは窓の外を見てるか、携帯をいじってるかでジェフはつまらない。
ジェ「Eat properly!」─ちゃんと食べなよ

リオ「You are noizy.」─うるさいんだけど

 なんて言われるものだから、断わり続けたら誘わなくなった。でも、時々声をかけたそうにしてる。ダニーへの当てつけだとわかってるがジェフもいつも我儘に付き合えない。
──ホルモンバランスが悪いんだろうな
 と思っていたら、
リオ「悪かったね!まだどっちになるか決めれないんでね」
 とキレ、またドカドカと部屋に帰っていった。

ダニ「ジェフさ、読まれてるじゃん」
 と言われてしまった。

 この星の生き物は意識を読めないからと無防備になっていた。
 昔の彼らの星は意識を閉じている必要は無かった。思っていることが公になっているから悪事も起きない。平和で何も無い、無さすぎるくらい無機質な星だった。しかし、近年は意識を閉じることがブームから当たり前になってきた。そのせいで、争い事も増えてきた。これもひとつの進化の過程なのかもしれない。《original》が意識を開放できないのは異常ではなく、進化なのかもしれない。

 その日の午後、回復したノアがオフィスのドアから頭だけ出して覗き込んだ。
ノア「こんちはー」

 部屋にはダニーとジェフがソファーに、ルカ、ニコが向かい合わせの窓際のディスクについていた。

ニコ「ノア!具合が悪いところはない?」
 誰かの身体に異常があれば個室のmedical examinationが他のメンバーの部屋や携帯にアラームで異常を知らせるシステムになっている。
 アラームは鳴らなかったが、回復に時間がかかったノアの姿を見るまでニコは心配だった。

ノア「あ、大丈夫!」
 左手と一緒に左の口角も上がる。ニコの心配をよそに、拍子抜けするほどあっさりと答える。

リオ「誰?」
 背後の声にびっくりして振り返ったノアだが、声の主を見て
ノア「うわっ、めっちゃ綺麗なお姉さん」
 と思わず声をあげた。

リオ「邪魔なんだけど」
 不機嫌そうなリオの態度は相変わらずだ。

ノア「あ、ごめんなさい」
 とあわてて飛びのいてオフィスの入り口を開ける。

 赤と黒の小さい花が散りばめられたワンピースに黒のレースのスキニーパンツ、かかとが低めの赤いミュールが綺麗な足に映える。リオがノアを横目で見ながら通り過ぎる。その瞬間の甘い香りと金髪の間から覗いた鋭くも妖艶な眼差しに捉えられ、口を半開きにしたままノアの動きが止まってしまう。

 ソファーの二人が手で口を押え、笑うのを我慢している。
 ニコはノアより先に回復して、この星での活動の為に準備を始めていた。各自オフィスで会った際に挨拶は交わしていたが、全員が顔を合わせたのは、これが初めてということになる。
 ルカが6人分のホットドリンクを作ってディスクにおいた。

ダニ「一応、全員揃ったから、ディスクについて。ノアに挨拶しようか」
 ルカの横にジェフとダニーが座り、ニコの横にリオ、ノアの順に座り、向かい合った。 

ダニ「えーっとね。俺がダニーで、星のほうのね専門。ルカとニコと俺は教育プログラムで一緒だったから知ってるの。ジェフは中央省の偉い人ね。んで、隣の美人さんはリオだよ。俺が後継人。まだ性別は決めてないの。アートと歴史が好きなんだよ」

ノア「へえ~性別決まってない人初めて見た!」
 思ったことが正直にそのまま口に出てくるノアに、リオも思わず笑った。

ダニ「で、こっちがoriginalのノアね」

リオ「original初めて見た!」
 真似して横に座るノアを指さし、二人で笑いあう。

リオ「え?俺、やっぱり綺麗?」
 わざと低い声でノアに聞く。

ノア「綺麗だけど、俺って言わないでよ」

リオ「わ・た・し?」
 甘い声で囁く。

ノア「うわー。女の子だよねん」

リオ「うふふふ。女の子だって!なんか新鮮に驚いてくれてうれしいな。女の子になっちゃおうかな?どーうしよう」
 リオがダニーをチラりと見る。

ジェフ「Want you to decide early!」―早くどっちになるか決めてよ。
 と口をはさむ。

ニコ「待って、まだ決めないで。あとで診察させて」
 すかさずニコも口を挟む。リオに医学的興味があるようだ。

リオ「いいよ。いくらでも!」

ダニ「こら、リオ、いくらでもって──」
 明るく答えるリオに慌てる。

リオ「だって、この星にいる間、ジェフの権限なんて関係ないもんね」

ジェ「あ~That's enough!」—もう、いいよ
 と拗ねて見せるジェフにみんなが笑った。つられてジェフもAHAHAHAHAと大きな声で笑った。

ノア「ジェフってなんかすごく恰好良いよね。お役所の人って暗くて地味なんじゃないの?こんな派手な明るい人もいるんだね?」

 ジェフは耳を赤くして照れた。
ジェ「ジジイ。My friendね。かっこよくしてくれたの。Let’s go next time」

ノア「この星の友達なの?いいな~。Gigiていうの?いくいく~」

 しばらくは近況や自分たちの星の話に花が咲く。どうやら相性がいいのか、リオがノアにじゃんけんを教え、負けたノアをつっつき、身体をくねらせ困っている様子を見てリオが喜んでいる。

ニコ「やめなさい。もーいきなり兄弟みたいだよね」
 ふたりのじゃれ合いにあきれる。

 今までのリオの機嫌の悪さを知るジェフはやや面白くないが、ノアのおかげでホルモンが安定するんだったら一番いいことだと心に思った途端、リオに睨まれ、ジェフは首をすくめた。

ダニ「いい雰囲気のところ悪いんだけど」
 少し間をおいて、

ダニ「これから、ちょっと重い話になるけど、聞いてね」
 いつもと変わらない優しい口調でダニーが話し始める。

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