もしときの乗車券 2話目
最高のボールに対しても、身体は適度な脱力感を持ちながら、しなやかにバットは綺麗な弧を描いて、、、、
空振り。
並のピッチャーだったら場外まで飛ばされていたであろう至高のスイングに対峙したのは究極のピッチングだった。
何人がそれを理解していたかわからないが、その瞬間。バッティングとは何かをロジックと感覚で一緒に理解できた瞬間だった。
思わず頭の中で反芻していた俺は固まっていた。
「すまない」という、裕太の言葉をだけははっきり聞こえた。そのあとに外の世界が耳に入ってくる。
思わず、「ナイス三振」 と言ってしまうほどに感動していた。最高の相棒のスイングに。
早く次の打席に立ちたい。そう思って、「まだまだだ」と声をかける。
自分の掛け声でチームのメンバーのやる気も上がったようだ。相手の攻撃を3人で抑え、自分の打順はすぐに回ってきた。
さっきのイメージはまだ残っている。
何度か素振りをしてみるがイメージに追いつかない。ぶるんぶるん振り回していると、
「落ち着け。無心で行け。お前ならそれで十分だ」
と裕太から声がとぶ。
無心。なるほど、それがあのリラックスの秘訣なのかもしれない。
大きく深呼吸をして、前の打席、裕太がしたように左拳を突き出す。裕太も同じ態勢で答えてくれた。
さ、いくぞ。理想のスイングをしに。
「よろしくお願いします。」大きな声で挨拶をする。
向こうのピッチャー、自分たちの攻撃中あまり投げてなかったな。一球目から勝負だ。
あの時の裕太は、余裕の顔でむしろ笑い出しそうなくらい集中してた。とりあえず俺も口角を上げてみる。
息を吐き出し、大きく吸い込む。歓声が小さくなってきた。
ピッチャーからの一球目。高めのうちごろの球がきた。無心で打つ。
カキーンという大きな音が響く。
白球は大きな放物線を描き、レフトスタンド中段に落ちた。
「よし」
と思って走り出す。
歓声が聞こえ始めた。2塁を回ったところ、相手ピッチャーが肩を抑えていた。裕太との一戦で燃え尽きていたのかも。あのピッチングもすごい世界のボールだったから。
ホームに帰りベンチに戻るとチームからのハイタッチに迎え入れられた。そのあとはうまく逆転でチームは決勝に進むことができた。
翌日の試合も俺だけは絶好調。いつでも打てる気がしていた。初回、裕太のファーボールの後、3球目をホームラン。2回目の打席が回ってきた3回には場外まで飛ばしたソロホームランでダメ押し。
甲子園が見え始めたかと思ったのだが、やはり名門は違う。それからは3打席全て敬遠され、チームはゼロに抑えられる。7回の第四打席なんてワンアウト一二塁だってのに敬遠された。もちろん会場は大ブーイング。
本当に申し訳なかったのは5番の選手。今年2年で来年は主砲になってもらおうと思っていたのだが、3打席敬遠の後、すべて凡退してしまった責任を感じ、俺たちと一緒にやめると言い出してしまった。
もう少し上手く打てばよかったのだろうか。
甲子園は見えたようで非常に遠かった。
それでも、この試合が話題となり、東京の大学リーグでいつも上位のN大学が自分を推薦で取りたいという話が来た。正直嬉しくて二つ返事でオッケーしたのだが、いざ大学野球が始まってびっくりした。甲子園常連の有名校出身者ばかり。
ところが、 入学生を歓迎する新歓の紅白戦でチームの4年生エースのスライダーをいきなりホームランしてしまう。一気にチーム内で注目を浴びることになるが、守備が全くついていけず初回に三つもエラーをしていきなり壁にぶち当たる。
打撃は使えるが守備はダメ。代打要員ならと、1年の夏からいきなりベンチ入りさせてもらう。その間、監督からレフトの守備練をするように言われ、2年の夏くらいから半分くらいはスタメンでも使ってもらえるようになった。3年からはスタメンでレフト5番としてのポジションを獲得。
裕太も何度か応援に来てくれた。当時のメンバーやマネージャーを連れて。
3年の秋、別の転機が訪れる。腰が悲鳴を上げ始めた。 こっそり東京のスポーツドクターに見てもらった。しっかり治すことを勧められるがあと一年ということでうまくやっていく方法を教えてもらう。
4年の春、1年にすごいバッターが入ってきた。まさかの俺に憧れて入ってきたということだ。結果的にその後輩というレギュラーを争うことになるのは嬉しい皮肉だった。
夏までには腰の痛みも少なくなり上手く付き合っていけると感じて始まった夏の最後のリーグ。昨年も優勝を争ったY大学、C大学とうちの三つ巴の優勝争いの様相だ。うちの大学は最後2戦でY大、C大とやることになり、2連勝すれば逆転で優勝できるチャンスを掴んだ。
まず、Y大戦。自分は5番レフトで出場。何とか4打数2安打で、ホームランこそ出なかったが、得点に絡み何とか勝利をもぎ取る。そこそこ点数差があったので8回から守備固めで後輩が入った。
1日開けての最終戦C大。勝ったほうがリーグ優勝。朝に監督から呼ばれた。
「今日の試合、お前はチャンスどころで使う」
ベンチスタートということだ。
「1球でいい、最高のスイングをしてほしい」監督からのアドバイスだった。
最終戦は激しい乱打戦になった。8対6。2点差のビハインドで、7回裏の攻撃。つないでつないで、2アウト満塁のチャンスがやってきた。打順は5番。1年生の後輩の出番だ。監督は悩み続けていたはずだが、、
「代打」とアンパイアに告げる。
一瞬、驚きの表情を見せた後輩。だけど、交代が俺だと分かった時、ちょっとあきらめたような、納得したような笑顔を浮かべ、
「ここは先輩しかいないっす」そういって、ベンチに戻ってきた。少し肩が震えている。悔しくないわけがないだろう。
「任せたぞ」背中越し、監督からの一言。
「こんな最高の場面で使っていただいて本当にありがとうございます。」
ベンチから気合の表情で出ていく。
向こうのベンチからも「ピッチャー交代」を告げる申告があった。
一昨日の試合で投げた今年のドラフト1位候補の先発ピッチャーがマウンドに向かってくる。向こうも勝負をかけてきている。
ピッチング練習の時にネクストバッターズサークルで軽く素振りをする。
しびれる場面だ。
バットを空に向けて伸ばし、雲一つない青空を見るめると。
思い出した、高校時代の準決勝。裕太の場面と一緒だ。おれが、至高のスイングを見たときだ。
今は俺がその場面にいる。ライバルはドラ一候補じゃない。あの時の裕太なんだ。
「1球でいい、最高のスイングをしてほしい」と朝の監督の言葉が脳裏をかすめる。
よし、行くぞ。いつものように右バッターボックスに入る。
「プレイボール」審判の掛け声で試合が再開。
1球目、ストレートは低め。最初からボールと分かるボールだったのでみのがして、1ボール、ノーストライク。
2球目スライダーがアウトコースいっぱいに決まった。3球目はフォーク。これも見逃し、4球目はインローにバシッと決まった。2-2。
一度もバットを振らずに追い込まれた状況だ。
だけど、今の俺に焦りはなかい。1球で決める自信があったから。
とはいえ、ツーストライク。危ない球は手を出す必要がある。1球遊んでくれるかどうか。
大きな構えから投げられたど真ん中気味のボール。これはフォークだ。これも動かず見逃す。フォークの落ちが微妙できわどいところに落ちる。
一瞬、間があったか。すごく長く感じた。
「ボール」 助かった。
勝負の6球目。気持ちいい外角高めのストレート。力勝負できた。
左足を軽く持ち上げ前に踏み込み。腰の回転からヘッドを返すように思いっきり左手を引くようにバッドを回す。
初めてイメージ通りのスイングができた。金属バッドの快音が響いた。。が、まさかの、ファール。レフトのポールをあと数十センチというところで、左側に抜けていった。
バットを両手で持ったまま、思わず立ち尽くしてしまう。。腰に重いものを感じる。
「タイム」監督が声をかけてくれた。
伝令替わりを装って一度ベンチに戻る。
「最高のスイングだった。ごくろう。変われ。」
「あと1スイング。我がままいってもいいですか。」
「いえ、俺を育ててくれたこのチームと応援に来てくれている人たちのために行きたいです。」
一瞬、会話が止まる。
「1スイングだぞ。ファーボールでも構わん。」
うなづいて打席に戻る。腰が壊れても構わん。ここまで面倒を見てくれた監督を胴上げしたい。
さー、勝負だ。
7球目。インローに差し込むいいボール。左足を少し外側に開き、さっきと同じように、だけど、より腰の回転を意識してバットを最短ルートで引っ張る。
さっきよりは鈍い、重い感覚が両手にのしかかる。だが、ここで力負けはできない。
渾身の力で振り切る。その時、腰から重さが抜けた。
ボールは、、、左中間の間にうまく飛んでいく、
「抜けろ。」
そういって一塁に向かう。。ランナーは全力ダッシュだ。1塁に到達する直前、腰に激痛が走る。何とか取り持ち、一塁までたどり着き、そこで動けなくなった。
その間、ボールはレフトのダイビングキャッチが間に合わず、ヒットが確定。同点のランナーまで帰り1塁にいた4番の大きな体も3塁を回っていた。観客の視点がホームベースへ向かう。
俺は腰の痛みで意識がもうろうとしたまま、1塁に立っていた。このあたりはもう記憶がない。
センターからショートを経由してバックホーム。4番がヘッドスライディングで飛び込んでだ。クロスプレー。
一瞬の間があったのち、「セーーーーフ」という審判の声が響いた。
勝ち越した。その時、会場にいた全員の視線が俺に戻った。。
監督は、大きく首を振り、、俺に代走を告げた。ゆっくり歩いている俺に、1年の後輩が助けに来てくれる。
「最高のバッティングでした。」ちょっと涙ぐんでいる。
「これからはお前の時代だ。」そういって肩を借りる。
大きな拍手が、、会場から俺に降り注いだ。
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