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涙腺 3 『ざまあみろ』

甲子園出場目前 コウイチは重大なエラーをし チームから疎外させられた。しかし ひとりぼっちじゃなかった。親友のタカシがコウイチを救ってくれた。コウイチは「タカシが孤独を味わった時は 必ず 俺がタカシを救ってやる」と決心した。それから10数年後 タカシは妻を亡くした。葬儀の時 コウイチはその葬儀に駆けつけた。そして..

Bar 雲隠れ
バーカウンターで オキノマコトはバーボンロックを飲んでいた。そこに (喪服)ブラックスーツを着たキタコウイチが遅れてやってきた。学生時代の親友 タカシの妻 瑞季の葬儀に参列した帰りだった。

小一時間位 お酒を酌み交わし ほろ酔い加減になったコウイチは思い出話をし始めた。
コウイチとタカシは 高校の時 同じ野球部で同じポジション ファーストを争っていた。2人は切磋琢磨し合いながら お互いの友情を築き上げていた。タカシは 親しみをこめて なぜか コウイチの事を“コウジィ”と呼んでいた。英単語のcozy をもじったものらしい。

思い出話 高校時代
3年時 タカシはファーストのレギュラーを掴んでいた。しかし 不運な事に守備練習中 アキレス腱を切ってしまったのだ。高校最後の夏の大会 その前に選手生命が絶たれてしまった。控えメンバーだったコウイチが繰り上げで ファーストのレギュラーを掴んだ。コウイチは親友のタカシを甲子園に連れて行くために必死に練習した。その甲斐あって 予選決勝まで守備率100%を誇っていた。

予選決勝9回裏ツーアウトまで コウイチ達の野球部は4-3でリードしていた。しかし あとアウトひとつのところで コウイチの凡ミスが原因で逆転負けを喫してしまった。試合後のベンチ裏 誰もコウイチに話しかけなかった。コウイチはひとりぼっちだった。たった15分位の時間だったが コウイチには一年位の時間に匹敵する孤独感を味わった。その時 観客席から駆けつけてきたタカシがプロレス技のベアバッグ(いわゆる強めのハグ)をコウイチにかけてきた。そして耳元で「コウジィ お前 幾ら持ってる?」っと囁いた。2人合わせて所持金が壱万円くらいはあった。 「みんな これから 陳満でラーメン食いに行こうぜ。コウジィの奢りだ」とタカシはチームメート全員を誘った。

孤独感に打ちのめされて本当に悲しかった。ひとりって辛い。でも ひとりじゃなかった。タカシが俺を救ってくれた。アキレス腱切って 選手生命も奪われ 最後の甲子園にも行けなかったのに.. タカシこそ辛くないはずがないのに.. みんなで泣きながら食べたラーメン 塩がきき過ぎて不味かったな。

タカシが今の俺のように辛い時やひとりぼっちになった時は必ず俺がそばにいる。今度は俺がアイツにベアハッグきめて 「お前はひとりじゃない 俺がそばにいるから って言ってやる」とコウイチはそう決心した。

翌年 桜が満開になった頃 東京
翌年の春 2人は同じ東京の大学に進学した。野球部からの誘いもあったが テニスサークルに入部し 普通の大学生が経験する生活を送っていた。バカみたいに酒を飲んだり クラブに行っては女の子をナンパしたり と大学生活を謳歌していた。そして 3度目の春 新入生として瑞季が入ってきた。東京生まれ東京育ちの瑞季は洗練され煌びやかだった。コウイチは一瞬で恋に落ちた。一目惚れってやつだった。

再び 場面は Bar 雲隠れ
マコトは「瑞季に一瞬で恋に落ちた』と言うコウイチの発言を聞いて驚いた。「瑞季ちゃんって あの亡くなったタカシさんの奥さん」と戸惑うマコト。コウイチはそのまま話し続けた。

思い出話 大学時代
瑞季には遠距離している彼氏がいたらしいが コウイチは諦めなかった。何度も誘い 告白し なんとか付き合えるようになった。それからの大学生活はコウイチにとって 人生で一番楽しい時期でもあった。同じ高校から進学してきた 親友タカシ ミツオにキムラ それにアリサちゃんと美樹ねぇさん 瑞季とその友達のアーリンも加わって 8人でよく遊んだ。 BBQやったり たこ焼きパーティーやったり 行きつけのカラオケに入り浸ったり 車で温泉やスキーにも行った。何かをやる時は必ず8人で集まっていた。

コウイチと瑞季が付き合って数ヵ月が過ぎようとしていた頃 1日に何回も連絡を取り合っていた時 2人の連絡頻度が激減してきた。 瑞季からの連絡が滞るようになった。コウイチはモヤモヤする気持ちを抑えてようと努力していた。そんな時 瑞季の良からぬ噂が耳に入ってくるようにもなった。「知らない男と仲良さげに手を繋いで歩いてたよ」とか「あの子 高校の時 かなり遊んでたらしいよ」とか「ビッチだから気をつけな」とか コウイチは瑞季に他の男と歩いてた事だけを問い詰めた。「元カレがよりを戻そうってしつこくって でも私たちは何もないから」と瑞季は言ってきた。 何もない奴が手を繋いで街中歩くか?コウイチはしつこく問い詰めた。 瑞季は「一度だけ家に泊めた」と白状した。「浮気してんじゃねぇーかよ」とコウイチは心の中で叫んだ。でも 瑞季の事が大好きだったコウイチは「絶対 コウイチを悲しませる事はもうしない ニ度と元カレとも会わない」という瑞季の約束を信用する事にした。それから数ヶ月経った。2人が付き合ってから 200日が経とうとしていた。コウイチは記念日に何をプレゼントしようかって考えいた。しかし 瑞季は2人でいる時も退屈そうな素振りを見せ始めたり デートをドタキャンするようにもなった。コウイチは嫌な予感を覚えた。

都内のカフェ
数日後 コウイチはタカシから呼び出されて 駅前のカフェに行った。そこには瑞季も同席していた。何故か 瑞季はタカシの真横に座っていた。そして瑞季は俯き加減でコウイチとは目を合わせない様にしていた。瞬時に状況を把握したコウイチは人生で初めて女性に手をかけた。

タカシは咄嗟にコウイチの胸ぐらをつかで 「てめぇ なに女に手を出してんだよ」と叫んだ。コウイチもすぐさま タカシの髪の毛を両手で掴んだ。だが 視線はタカシでなく 瑞季の方を向いていた。
「なんで タカシなんだよ 浮気相手なら 他にもいるだろう 俺に飽きたなら 俺を捨てれば良いだろう  なんで次はタカシなんだよ。なんで俺たちの絆を壊すんだよ」と目に涙をためながら コウイチは瑞季に問いかけた。「絆」と言う耳慣れないコトバを聞いて タカシは動揺した。

結局 瑞季はタカシと付き合う事になり コウイチとは別れて 距離を置くようになった。コウイチは怒りと悲しみの感情が混在していたが まだ一緒に気を紛らわす遊び仲間がいると信じていた。そんなある日 部屋で携帯をいじりながら キムラのSNSの投稿をみつけた。どこかのカラオケであそんでるようだ。合流するために キムラに連絡を入れた。「カラオケしてんなら俺も誘えよ。どこのカラオケ?俺 行った事ないところだよなぁ」と話すコウイチ。キムラは「神泉のミカヅキってところだけど お前は合流できないんだよ。ここ瑞季ちゃんのバイト先なんだ」と歯切れが悪かった。コウイチは愕然とした。タカシと瑞季とは疎遠になる事は覚悟していた。まさかキムラ達もタカシ側につくとは思いもよらなかった。「なんで 俺がハブられんだよ 俺が悪いのか?俺 何も悪くないだろ。親友の女を寝とったのはタカシだろ。 俺に隠れて浮気していたのはあのクソ女だぞ。俺が被害者なんだよ。普通 俺の味方になるだろ」とコウイチは声を荒げた。キムラは店の外に出て話し続けた。「瑞季ちゃん お前に殴られたって言ってたぞ」とキムラはコウイチに説明した。確かにコウイチは怒りのあまり瑞季に手をかけてしまった。しかし それは浮気が発覚した後の話であった。瑞季は自分の行動を正当化する為に友達のアーリンと結託し コウイチの良からぬ噂を流していたのだ。コウイチだけがグループの輪から外された。あの時以来かもしれない こんな孤独感。しかも 前回 俺を救ってくれたタカシはもう俺のそばにはいない。本当の意味でひとりぼっちになっちまった。

タイミング悪く コウイチの親父が倒れた。幸い命には別状なかったが 大学を辞めて 地元に帰る決意を固めた。地元の建設会社に就職した。ゆくゆくは親の事業を継ごうと考えていた。

数年後                   タカシと瑞季が結婚した事を知った。もうお腹の中に子供を宿しているらしく コウイチは母親から「私も早く孫の顔が見たいよ」っと催促されるようになった。この頃になると あの時の悪夢が少しは和らいでいた。そんな ある日 タカシと瑞季の子供の血液型が 2人から産まれてくるはずのないタイプだと言う噂が流れてきた。小さい田舎の町だから 噂が広まるのも早かった。コウイチはすぐに 「あの女の事だから 今度はタカシを裏切って 他の男とヤリまくったんだろう。タカシはそんな女とは梅雨知らず 籍を入れちまったんだな」と哀れみさえも覚えた。もう二度と会う事もない奴らのことだから 詮索しても始まらないと思っていた。

地元に戻って10年が経過した。コウイチにも家族ができ 孤独感からは無縁の生活を送っていた。あの時の記憶さえもおぼろげにしか残っていなかった。秋風が吹き始めたある日 突然 同期のキムラから連絡が入った。キムラと話すのもあれ以来だった。「瑞季ちゃんが殺されたんだ。20代の男に包丁で腹部を刺された。それが死因らしい」とキムラはコウイチに伝えた。「殺された ..」っと コウイチはそれ以上発する事さえ出来なかった。「明日 葬儀なんだ。タカシもだいぶ動揺している。お前も参列できないか?タカハシコーチや三国先生も夜には駆けつけてくれるらしいんだ。 お前がくればタカシも多分喜ぶと思う」とキムラがコウイチに問いかけた。「わかった 夜には向かうよ」っとコウイチはキムラに伝えて 電話を切った。10年という歳月があの時の悪夢を忘れさせコウイチ自身も家庭を築いた事が コウイチに高校の時の気持ちを思い出させた。「もし 今 自分が妻を亡くして 独りで子育てしないといけなかったなら」とコウイチは想像した。タカシは 今 孤独感を味わっているに違いない。必ず 俺がそばにいる 今度は俺がアイツにベアハッグきめて 「お前はひとりじゃない 俺がそばにいるから」って言ってやるんだ。

葬儀
2歳になったばかりの娘の手を握りながら タカシは列席者に挨拶をしていた。10年ぶりにみる    タカシは明らかな痩せ細っていた。そして 気丈に振る舞ってはいたが コウイチの姿を見るなり我慢してきたものが溢れ出た。コウイチとタカシが築いてきた絆 一度は解けてしまったが そんな柔な絆ではなかったのだ。高校3年間 2人は切磋琢磨し お互いを磨いてきた。嬉しい時も 悲しい時も 2人は同じ時間を共有してきたのだ。「あの時 お前が俺を守ってくれた。今度は俺が守ってやる」とコウイチはあの時の誓い胸に 10年ぶりにタカシの目の前に立った。しかし タカシが手を握っている娘の顔を見た瞬間 その誓いは一変した。あの女の面影がある娘 そして明らかにタカシと瑞季の間ではできない肌の白さ あの時の孤独感が走馬灯の様に駆け巡った。

ざまあみろ

コウイチは心の中でそう叫んだ。

BAR 雲隠れ
マコトは「ざまあみろ」と発言したコウイチに狂気さえ覚えた。「それからどうしたんだ」とマコトは恐る恐る問いかけた。コウイチは「タカシはやっとのおもいで絞り出したんだよ。コウジィ 来てくれてありがとう あの時は本当すまなかった。あんな仕打ち.. と まだ タカシが話している最中だったが 会話を遮っちまったんだ。マコトは「コウイチ お前 なんて言ったんだ?」と質問した。  「キタコウイチと申します。この度はご愁傷様でございます。心よりお悔やみ申し上げますっとだけ言い残して 斎場をあとにしたよ」とコウイチはこたえた。


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