見出し画像

心友、阿部定への考察

2015年当時の文章をそのまま載せています。
今よりもさらに未熟でお恥ずかしいですが、大学時代の記録として。

ーーーーーーー

映画「SADA」の製作を終えて
                       
三年間ずっとこの企画を考えて制作していた間、常に私の中には阿部定が存在しているように感じていた。
この作品を完成させてしまったら、ずっと一緒にいた阿部定が私の中からいなくなってしまうような気がした。しかし、実際に完成させた今は以前よりも近くに彼女を感じている。
まるで親友にでもなったような気分なのだ。どこかに彼女はまだ実在して、たまに電話をかければ一緒に飲みにでも行ってしまいそうな感じ。

「女性なら誰でも阿部定になる可能性があるのではないだろうか」と思っていたことが作品を作って自分の中で否定された。
阿部定は阿部定でしかなく、彼女にとっての石田吉蔵は彼女の石田吉蔵でしかない。
その感覚は視覚的にも感じるところがあり、それは私自身が演じたはずの阿部定の心情である「赤い女」という役。映画を編集している時点で、それを演じている人物が誰なのか見えなくなっていた。まったくの他人に思えた。自分なのに。
まだ会ったことのない女性。自分だから自分自身には会ったことがないので当然のことかもしれないが。しかしそれは私自身から脱却できていたものの、阿部定でもなかった。言葉での表現が難しいのだが、あくまで“私の中の阿部定”であって、歴史上に存在した阿部定ではないと感じた。
これは自分の俳優としての技量の足りなさだったかもしれないが、根本的に自分が演じたかったのが“実在した阿部定”ではなく“私の阿部定”だったのだ。

そしてもう一つ、私の構想段階での考えは否定された。
それは阿部定が石田吉蔵を殺害し、局部を切り取って彼に別れを告げた時に、彼女の人生は一つ幕を降ろし、それからの日々は第二の人生と呼べるものだったのではないかと思っていたことだ。
私は自分が撮影してきた映像の中の自分自身を見ながら、この一人の女性の人生は彼女が唯一愛したはずの男から解放されたその時に初めて始まったのだと思った。
彼女の誕生までの半生はまるでファンタジーだ。人生が始まるまでの序章的ファンタジーなのだ。
いつの時代も、いくつになっても女性というのは「真実の愛」(たった1つの無償の愛、といったイメージだろうか)とかいうものを探し求めてしまうファンタジーな生き物だ。哺乳類の本能としてそうあるのだと思うし、私が考える阿部定の男性への執着はファーザーコンプレックスからきている。彼女の生い立ちを調べていてそう感じた。
もっと言えば生い立ちの環境から生じたエレクトラコンプレックスではないだろうか。
そこにはサロメ的な狂気とも呼ばれてしまうほどの極端に真っ直ぐで純心な「愛されたい、触れたい、重なりたい」がある。

もしかしたら彼女が見つけ出したと思っていた石田吉蔵への愛も、本当の「真実の愛」なんかではなかったのかもしれない。
私は今だからそう考えている。もし、あの時に阿部定が石田吉蔵を殺害していなかったら、その後の3ヶ月程も経たないうちに二人は破局していたかもしれない。
人間の心というのはとてもあやふやなもので、この人の為なら命を捨てても良いとさえ思った相手のはずなのに、しばらく会わずのうちに偶然会ったりした時には、なぜあんなに自分はこの人が好きだったのだろう。なんてことを平気で思う生き物なのである。女性は特にそうだ。
阿部定は唯一の愛を見つけたのではなく、この愛を唯一のものにしたいと望んだのではないだろうか。一生で真実の愛を見つけることは女性の夢であり、どこかそれはファンタジーだと自覚もしている阿部定は自らの手で夢を叶えようとしたのではないだろうか。
私はどんな理由があろうとも、決して殺人を肯定はしない。
それは前置きし、この事件について私はこう考えるようになった。
石田吉蔵の死因は他殺ではなく、阿部定の心理を利用した自殺なのではないか。
私個人の見解でしかないが、石田吉蔵は自分と関係した女性皆を愛していたのだと思う。もしかしたら女性そのものを愛していたのではないか。
時代に沿って生きられない吉蔵は、自分が愛した美の渇望に応えるだけの人生に美徳を感じ価値を見出していたのかもしれない。
真実の愛を知っていたのは吉蔵のほうだったのではないだろうか。
阿部定は愛という本来ならば煩悩と交差しないであろうものの前でまで、自己中心的で我が儘な「女性」そのものだったのかもしれない。

そのような考えに至った今、私は石田吉蔵の人生に興味津々なのである。
私は阿部定は“愛の人”だと思っていた。愛のために生きた人。それは実は石田吉蔵のほうだったのではないだろうか。
アンサームービーとして石田吉蔵が主人公の映画が作りたくなった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?