連作十首 ある現像

巻き貝のなかから一つの幻聴を抜き取り氷の標本とする

くらやみは水辺で生まれた生き物で 左の眼窩に白魚を飼う

春雷の近づく乾燥機のなかで胎児のごとく眠る子羊

白桃を揺らせば鈴の音がする 屈伸のごとく水門ひらく

水槽を両手に乗せてこの秋のもっともしずかな窪地へ向かう

凍蝶の翅を河原で焼く人のなずきを揺らす教会の鐘

投げ上げた鍵束が花ひらくとき街上に散る銀のきらめき

夕照に両足浸す私の汀を過ぎる秋の後脚あとあし

明けの明星フォスフォラス宵の明星ヘスペラスに告ぐ 痩身の鏡のなかより声を聞かせよ

冬型の気圧配置が送り込む繰り返すこれは花ではない花ではない