連作三十首 雪明りの観測

朝雨にけぶる彼方のビル群のあわいを泳ぐ巨大なアロワナ

振り向けば秋の舗道を駆け抜ける銀狼の散らす落葉のあと

しんしんと骨片のふる地下書庫で灯火にひらく菌類図鑑

頭部なき埴輪ばかりが並び立ち祈りへ向かう顔を知らない

クロースという声がして近づけばカーテンの芯にひらく果樹林

雨上がり飛び立つものにPapilioと呼びかけてみる虹彩のなか

音もなく栞紐スピンを揺らし秋宵は通り過ぎゆく悪寒を置いて

くちばしを冷やして辻に立つ 雨を転がってゆく傘の枯死体タンブルウィード

切り株に等圧線を重ね置く 座標を濡らす雨の錆色

始祖鳥の針のからだを抱きとめるゾルンホーフェン石灰岩は

日没のあとで日暮れに気づくとき我が背を啜る白蛇のすう

涸れ川をのぼる銀魚を追うゆうべ 水源に立つ砂漏さろうは傾ぐ

地下書庫の深く進んで谷筋を見上げればそう、これは雪壁

しなやかに新月へ伸びる霜柱 百葉箱をけして覗くな

前腕に逆立ててしまったいろくずのひとつひとつを撫で戻す夜半《よわ》

月明かり差し込む無人の製図室 ふわり飛び立つ分度器の対

星夜より降りくる閃輝暗点に見とれているのか、我が網膜よ

ほのひかる喉をあなたは指差して 北極星を飲んでしまった

曇天の氾濫原に突き刺さる氷柱ひょうちゅうに映る君が走馬灯

夜半よわ急に聞きたくなって冷蔵庫の扉に這わせてみる聴診器

ビル群へ向かうコートの内側で空色すべての風鈴揺らす

湖畔より八ミリフィルムを垂らし来て酸欠で仰ぐ雪野に一人

なぜそんなところにいるんだ寒いだろうビルの柱のアンモナイトよ

日の沈む浜辺をまわり探しゆく あなたの透明な耳小骨

手を伸ばす少女の先で曇天は無数の鳩へ瓦解してゆく

花舗かほの冷凍室に立っている もう動かない孔雀を抱いて

ふくらます風船の頬に手をあてて思い出すこれが冬の日差しだ

腰かける銀湾の縁に目をつむる 聞こえるだろうか祖母の子守唄ララバイ

いつからか小指の周りに棲みついた遊星と歩く小春日和を

冬晴れに対角線をながく引く鳥の高度に手を触れてみる