詩 Q
どこへもいけない
どこへもいける
ここからできるだけとおくへいく
ここにいるままで
ここにいるままで
夜明け前
廃棄されたコインランドリーの数々が
街の外縁を形作っている
その稜線は
あざやかなままで
あざやかなままで枯れてゆくから
わたしたちはいつも
夕景が画布を隠していることに気づかない
それでいて
徒歩のような
日々の鈴なりにどこか退屈しているのは
もどかしさでいっぱいだからだ
いつまでも、いつまでも、ここから立ち去ることができない
立ち去ることができないでいる
*
冬の低い日差しが
重い足取りで折り返してくる
この長い長い渡り廊下で
靴音の連続を
狂いなく正確に聞き取ることができる
その間隔を
迷音とともに記録することができる
すると
窓枠の木立のなかで
どうしようもなく顔を見合わせた私たちの
もっともしずかな方角から
あをぐろい幻日の日がやってきて
潮間帯にはもう誰もいない
潮間帯には
もう誰もいない
*
水辺へ群がる休符たち
そのそばで君は
呼吸音の透明を説いている
*
——わたしはこのコインランドリーから出ることができない。
これは決定された事実であり、疑うことは許されない。
詳しいことはいつも、あとから説明されるということだ。
それでよい。
だからいまは、君の話を聞こう。
いまは、君の話を聞こう。
*
かわいた群衆のなかで
一人の数学者が立ち上がり
いまゆっくりと振り返る。
そこには初めから誰もいない。
矛盾が素数のかたちで笑っている。
そこには初めから誰もいない。
*
入江にたたずむ澪標の清冽のうえへ、降る月光のもろくも歯がゆいことを、君は知っていて、それは、村から墓地へ向かう細くゆるやかな下り坂の、ふるえるようなあの均整が、ひどくなつかしいということだ。どうか、いつまでもわたしの話をしないで欲しい。君が置いていった白桃のいくつもが、あきらめるように爛熟していて、振り返ればそれは、腐敗ではなかった。腐敗ではなかったよ。だから、どうか。どうか。
*
この耳鳴りを止める方法
ここから立ち去る方法
わたくしのためだけにある砂原へ
海の朝焼けを閉じ込める方法
そのような日々の短絡を寄せ集めて
海潮音はつづいてゆく
復唱せよ――