廃神社と信仰

「心霊の噂の絶えない廃神社にいまも参拝客が訪れるらしい」
そんな噂をあるインターネット掲示板で見掛けた。オカルト好きが集まる掲示板であるが、その書き込みへの反応はあまり芳しいものではなかった。
「廃神社に見えるだけで管理してる人間がいて、地元の人間が来てるだけだろ」「なんでも心霊と結びつけるオカルト脳乙www」
そんな書き込みにあっという間に流される。
「いや、本当にあるんだって。N県の山奥。参拝に来る人も、地元の人間じゃない。みんなわざわざ車で来るんだよ」「それに毎年決まった日には、何人も参拝に来る」
そんな反論も虚しく、話題は他の心霊スポットへと移っていった。

参拝客がいまだ訪れる廃神社――その響きに魅了されてしまった。ボロボロで風雨に朽ちた神社を詣でる人間は何を見て、何を思うのだろう――胸が高鳴る。まるで夢に浮かされてるようだ。N県なら、車で三、四時間も走れば着く。私は次の休みにその廃神社を求めて、N県に行くことを決めた。

都心に暮らし、車を持たない私はレンタカーを借りる。営業職で車の運転は慣れている。朝7時過ぎに東京を出て、N県に入る頃には太陽が傾きかけていた。時計は十五時過ぎを指している。秋の陽気に誘われて、少し寄り道をし過ぎたかもしれない。でも、明日も休みだし大丈夫。
記録にまとめるにあたりぼかしたが、あの掲示板に書き込んでいた人間は大分細かい場所まで教えてくれていた。カーナビとスマホに入っているマップを駆使すれば辿り着けるくらいに。

廃神社があるという廃集落の手前に車を停め、集落の跡を目指して歩く。参拝客が訪れるというのは嘘では無いらしく、集落の手前は車で踏みしめられたように草がほとんど生えておらず、集落への道も獣道よりもしっかりとした道になっていた。これなら迷う心配はなさそうだ。二十分程山道を上がっていくと廃集落へでる。
上がってきた道は集落があった頃の大通りへと繋がっていた。左右には崩れかけた建物が連なる。明治から大正、昭和初期にかけて栄えたらしいこの集落は、戦靴の音を聞く頃から衰退し、終戦を迎える頃には住むものは居なくなっていたという。風化し、朽ちてはいるものの立派な建物が並ぶ通りを歩いているうちに私は気付く。廃村では無い。人は暮らしいただろうが、集落と呼ぶのもどうなのか――これは、遊郭の跡だ。遊郭、置き屋、なんと呼ぶのが正しいかわからないが、ここは歓楽街だったようだ。建ち並ぶ建物はどれも、民家というには豪奢な造りをしている。近くにあったという鉱山で働く人たちが遊びに来ていたのだろうか。とにかく、今の静寂に包まれた山には似つかわしく無い、夜に煌めく街があったようだ。

通りを抜け、そのまま細い道を歩いていくと小さな鳥居が見える。日はもうほとんど暮れかけていた。

私は一礼して鳥居をくぐると、拝殿へと歩を進める。
「その廃神社で赤ん坊の泣き声を聞いた人は祟りにあって死ぬんだって」
 掲示板の書き込みを思い出し、目を閉じ、息を止める。耳を打つのは風が木々を渡るサラサラという音と、遠くで鳴く淋しげな鳥の声だけだった。ほぅ、と息をつく。私が祟られる筈がないのに。
大通りに建ち並ぶ遊郭とはうってかわって、小さな小さな神社。きっと返せぬ借金を抱えて身体を売る女たちの心の支えとなっていたのだろう。朽ちてはいるものの荒らされてはいない。今も訪れるという参拝者達が供えていったであろうお菓子などがある。
私は来る途中に買ったたまごボーロを同じように供えると、鞄から小さく折りたたんだ名刺を取り出し、拝殿へと放り込む。

二礼二拍手一礼――通常の参拝の作法に則って、私は一心不乱に願った。
名刺の主に、どうか祟りを与えてください。結婚しようと嘯いたくせに、私が妊娠すると逃げたあの男に。本当は妻も子供もいるくせに、私と永遠を誓ったあの男を苦しめて、苦しめて、殺してください。
遠くでざり、じゃり、と足音がして私は我に帰る。今日は一年で一番参拝客が訪れるという日、十月十日だ。きっとこの日に元々意味はなくて、子が産まれてくるのに十月十日というのに掛けてこの日が選ばれるようになったのだろう。
この神社へ詣でる人は皆不幸な妊娠をした女だ。赤ん坊の声を聞き、祟られるのは遊び半分で訪れた男たち。遊郭で働く者たちの恨みつらみ、今も絶えぬ女たちの呪詛を溜めたこの神社に願うと男へ呪いをかけられるという。 
同じ様な境遇を抱えたものとはいえ、流石にこの神社の中で人と会うのは何だかはばかられた。私は深くお辞儀をすると鞄を手に神社を後にした。
集落へ戻る道の途中、やはり思い詰めた顔をした女とすれ違う。私も同じ顔をしていたのだろうか。

ひやりとした風が頬を撫でるのが気持ち良い。

本当に呪いの効果はあるのだろうか。いまいち信じられないけれど、ここに来る途中の街で出したあの男の妻への内容証明は絶対にあの人の家庭を壊してくれる。それだけは、絶対。独身のフリして、私への愛を囁いたメールを印刷したものも、デートの写真をプリントアウトしたものも全部送ってあげたんだから。
笑い出したい気持ちを堪えて、車に戻る。アハハハハ、あの人どんな顔するんだろう。少し見たかったな。

私は晴れやかな気持ちで、予約しておいた近くの温泉宿へと車を走らせる。全部、洗い流してしまおうと。

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