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あの箱を手放せないわけ

押入れの奥にひっそり眠る白い箱がある。中には海外みやげのハート型の貝のオーナメントが5つ。ずっと前にいただいたものだ。

某サイトで意気投合してメッセージの交換をしていた方がいた。いわゆるネト彼ってやつだ。彼は同い年で隣県に住む大学生。やり取りは楽しく、多分、彼が好きだった。実体のないふんわりした好意はぎゅっと握れば潰れてしまうような儚さがあり、それがまた美しく思えた。

クリスマス、お互いに予定がないなら会いましょうということになり、新しいブーツを履いて隣県行きの電車に乗り込んだ。
駅で待っていたのはニコニコ笑うかわいらしい人で、きちんとしたコートを着た予想通りの好印象ボーイ。茶屋街、丘の上のレストラン、プラネタリウム…完璧なデートコースを準備してくれていた。

別れ際にいただいたのが例の箱だった。大きさの割には軽い。お菓子か何かだろうと思った。地元に帰ると雨が降っていて、濡らすまいとコートの下に抱いて大事に持ち帰った。

入っていた物は素敵な真っ白な貝で、「こんなに良いものもらっていいの?」と聞いたら『大切な人ができたらあげようと大事に持っていた』と言うではないか。デート後もわたしの事を理想の人だと言って気に入ってくれた。しかし、大切な人…荷が重すぎた。

彼は中身も見た目も素晴らしい人で学歴も申し分ない、わたしの理想の恋人のように思えた。でも、なぜだろう。なぜか、これからも会おうとは思えなかったのだ。

きちんとお断りして友人としての関係は続いたけれど、あの贈り物はきちんとお返しすればよかった、今はそう思える。もっと受け取るのに相応しい方がいたはずだもの。

ふんわりとした好意とは裏腹に、想いが詰まったその箱は重く美しすぎた。故に思い出と一緒に持っていたかったんだと思う。ずるい私。

彼の想いをこのまま所有したいという感情は今も消えていないんだろう。普段は存在すら忘れている箱なのにどうしても捨てられない。それに申し訳なくて中の物を堂々と飾ることもできないのだ。

今、彼は検索すればすぐ名前が出るくらいの立派な方になって活躍されている。あの時の選択肢間違えたかな、と思う時もあるけれど、あの出来事は大切な思い出としてわたしの中で鈍く光を放ち続ける。うっすらと後ろめたい気持ちを帯びながら。

『時が経って 大人になって
どんな街で暮らしていますか?』

片付けたはずの思い出はうっかり見つけるとキラキラ光って。でも同じ場所に仕舞われ、また眠る。

彼にはこんな愚かしい女と会った事なんてすっかり忘れてしまっていてほしい。