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(エッセイ)ラグビー通に思われる方法を考える

「あの人はラグビー通だな」
 そんな風に思われたら誰だってうれしい。
 少なくとも「あの人は普通の人だな」と思われるよりはうれしい。

 一般的に通とは「特定の趣味に精通している」ことを云うようである。つまり嫁から小言を言われやすいタイプだ。
 ラグビー界における通は、おもに競技場のスタンドに見られるが、
「ちょっとアンタ! またラグビー観戦なの!?」
 嫁にそう咎められて、初めて一人前のラグビー通ということになろうか。それそれの事情を背負って観戦に臨んでいるとすれば、一人一人がファンの鏡、隠れたヒーローである。

 そんな「ラグビー通」になれる簡便な方法があれば、この上なくすばらしいことだ。初めてラグビー観戦に訪れた方であっても、ラグビー場の隠れたヒーローに変身できる――ヒーローなのだから、へんに気後れする必要はない。初心者の方でも胸を張ってラグビー場を闊歩できるのだ。

 実際にラグビー通と思わせる言動について検討したい。
 まずは観戦時の掛け声である。
 個人的にオススメしたいのは、守備側の選手がジャッカルを試みた時。
「入った!」
 ジャッカルに入った、という意味だ。選手達はこの掛け声でレフリーにアピールしており、長い観戦歴を感じさせる。
 続いては、オフロードパスが決まった時の掛け声。
「エロい!」
 いやらしいほど上手い、といったニュアンスから発展したと思われるこの掛け声が「通」である。2022年の九州電力×中部電力の前半33分に観客席からこの掛け声が飛んでいるので、暇すぎる方は確認してほしい。ただし隣に座っている女性を見ながら言ってはいけない。
 最後は、アタックで連続攻撃の最中だ。
「セイムウェイ!(Same way)」
 いわゆる「順目」の意味であるが、これをスタンドから叫んでしまうのだ。周囲の人びとは、完全にあなたのことを海外でのプレー経験を持つラグビー通か、もしくはチーム関係者かと思うだろう。
 続いて身だしなみである。
 もっとも効果的な方法は口ひげを蓄えることだ。
 ラグビーファンには「口ひげを生やしている人はラグビー界の重鎮」という根深い刷り込みがある。言うまでもなく、森重隆さん、林敏之さん、平尾さん等の存在によるところが大きい。この刷り込みを利用するのだ。ラグビー場にスターリン級の口ひげを蓄えて乗り込めば、スターリン級の扱いを受けることができるだろう。チケット購入の際は、窓口で「いつもの」と言えば万事うまくゆく。

 身だしなみに関して言えば、ブレザーを着る、という手もある。ラグビー場でブレザーを着ている人は関係者と決まっている。つまりブレザーの形をしたフリーパスなのである。価格ドッドコムで調べた結果、紺のブレザーは3508円(最安値)だった。ヒーローの衣装代としては格安である。
 このコーディネートに、さらに口ひげコーディネートを加えれば、もはやラグビー通どころの騒ぎではない。「顔パス」で入場できてしまう可能性がある。もしも分をわきまえない男性係員が、「すいませんチケットを」なんて問い詰めてきたら「なんじゃあ!」と逆ギレすればよい。入場することができなかったとしても、少なくともカツ丼にありつくことはできるはずだ。

 これはコーディネートの部類に入るか分からないが、点滴をしながら観戦する、というウルトラCも存在する。点滴スタンドをゴロゴロと押しながら競技場に入っていくのだ。これを無視することは乳幼児でもない限り不可能である。ラグビー観戦への悲痛な覚悟に、ある者は胸を打たれ、ある者は泣き崩れる。その日のうちにラグビー通を通り越してレジェンドである。

 続いて私生活においての心構えである。
 やはり就寝時はラグビーボールを枕にして眠りたいところだ。ボールはコンバートでもギルバートでもよい。NRLのボールはごつごつしていて小さいのでおすすめできない。
 オシャレもそうだが、やはり人間万事見えないところが肝心で、プライベートからラグビー通たることを意識すべきなのである。(どうせラグビーボールを枕にするのなら、ラグビーの夢を見たいと思うかもしれない。しかし夢というのは眠らないと見られないのでその心配は要らない)

 最後に、これらのことが面倒な場合。
 最終手段ではあるが「俺はラグビー通だ!」と叫んでみる方法もある。しかしそれで納得するのはその人の母親くらいだろう。

 今回さまざまな方法を検討してみたが、これらをすべて実行した場合やばい奴であると気がついた。しかし後の祭りである。
「通と思われようが思われまいが、これまでも、そしてこれからも、私はラグビーを応援する」
 そんな静かな決意のある人が、“ラグビー通”と呼ぶにふさわしい人なのかもしれない――結果的にそんな感想を抱いた次第である。ラグビー通への道のりは険しい。

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