牧場の娘の朝は早い。

牧場の娘の朝は早い。
毎日仕事で早起きだ。だが、それ以上に、愛する男に連絡を取れるタイミングが、ここしかないために早起きをしている。
娘が男と出会ったのは、街の小さな酒場であった。
夜更けに出歩くことがない娘が、たまたま通りがかった酒場から聞こえる素敵なメロディーに寄せられたのが始まりだった。
中に入るとそこには、ギターを奏でる男が、美しい声で歌っていた。
酒が飲めない娘は、ミルクを注文し、男の歌を聴き入っていた。歌が終わると男はかぶっていた帽子をそっと脱ぎ、客席をゆっくり歩きまわった。
隣の客に聞き、曲の対価を客が決めて、男の帽子に入れるということを知った。
娘は自分が持つ、一番ピカピカの硬貨を男の帽子にいれた。
「とても輝いている素敵な硬貨ですね」
話し掛けてきた声は、先ほどとは全くの別人のように優しい。
「もしかして、あすこの牧場の娘さんではありませんか?」
男は昔から娘のことを知っていたらしい。
そこから仲良くなるのは早かった。
二人で草原に寝転がってみたり、慣れない酒を教わったり。
そんな二人だが、時間がなかなかあわなかった。
娘は朝から働き、夜早くに就寝してしまうが、男が酒場で歌うのは
いつも決まって夜だった。
男が酒場をあとにする、おひさまが空にのぼるころ、娘が目を覚ます。そのタイミングだけが唯一二人を繋ぐ時間だった。
娘は出来るだけ毎日早起きをし、男に電話をした。
男はいつも電話で楽しそうに酒場の話をしてくれる。

ある日、いつものように娘が電話をかけるが、男に繋がることはなかった。
街にでると、酒場の近くにたくさんの人だかり。
みんな冷たい表情で酒場を見つめている。ひそひそと話し声が聞こえる。

昨日、喧嘩があったそうよ。
相手は知らない街の人だって。
あすこの大男と喧嘩したそうよ。
あの大男は酒が入るとすぐキレちまうからね。
どうやらそこで歌ってた男が止めに入ったようだ。
歌ってた男が?本当かい?
男は、ひたすら歌ってたんだ。喧嘩をやめるように。

男の歌う歌は、いつだって弱き者の味方だった。
喧嘩する二人の心を鎮めることができるはずだった。
あいにく、場所が酒場で、二人は多くの酒を飲んでいた。
男の叫びもむなしく、飛び交う酒瓶にかき消されてしまっていた。

みんなが逃げる中、男だけは逃げなかったそうだ。
だからあんな姿になっちまったんだな。

酒瓶にはあきたらず、酒場では銃弾すらも飛び交ってた。

娘の手元には、蜂の巣となった、男のギターただひとつだった。

牧場の娘の朝は早い。
愛する男が、娘の知らぬ間に帰っているかもしれない。
帰ってきた男が寂しがらないように、娘は今日も電話をかける。
どこにも繋がらない電話を、今日も。

牧場の娘の朝は早い。

まだまだ未熟でありますが、精一杯頑張ります