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(1日目)ブッシュ・ド・ノエルの夢 #Xmasアドカレnote2019

「おお、これが、ブッシュ・ド・ノエルか!」
家族全員で、ケーキを覗き込んだ。
4等分して各自のお皿に盛る。割と小さい。
このケーキ、お値段なんと、5000円。我が家は4人家族、1切れが、1000円以上!

30年越しの夢が叶った。
そして、クリスマスイブ、私の目の前には、憧れのブッシュ・ド・ノエルがあった。

クリスマスになると、いろんな洋菓子店が、競うように、美しくて、おいしいクリスマスケーキを販売しているが、昭和の終わり、まだ私が子供だった頃、クリスマスケーキといえば、近所の小さなスーパーで買うもので、大手パンメーカーが大量生産するケーキだった。

当時のクリスマスケーキは、デコレーションに使うクリームが、生クリームではなくバタークリームだった。大きなホールケーキの表面に、びっしりと塗り固められたバタークリーム。
口に運ぶと、「バター」クリームというだけあって、スポンジケーキにたっぷりと冷たいバターを塗って食べたような味。
バターの色を少し残した黄色っぽいクリームは、濃厚で、ずっしりと重かった。
ケーキとはこういうもので、美味しいと思って食べていた。
(今考えると、原料は本物のバターでもなく、マーガリン的なものだったかもしれない)
そして、大きさは大小あれど、必ず丸い形のケーキだった。

小学校中学年になって、やっと近所に1軒、洋菓子店ができた。
ここのケーキは、ふわっと軽くて甘さが優しい味のケーキだった。
バタークリームしか知らなかったから、生クリームやムースの軽さに驚いた。まるで、空気を食べているみたい。
30代くらいで恰幅がよく、ほっぺの赤い、ニコニコしていて、サンタクロースに似た雰囲気のおじさん(小学生の私の中では30代もおじさんだった)が、色とりどりのケーキを、一人で作って、お店を切り盛りしていた。
そこで売られているクリスマスケーキは生クリームのデコレーションだったけれど、やっぱり全部、丸い形だった。

テレビを見ても、絵本をみても、雑誌をみても、量販店のチラシを見ても、クリスマスケーキというのは、丸い形をしていた。

小学校高学年か、中学生になったくらいの頃だっただろうか。

子供雑誌のクリスマス特集で「ブッシュ・ド・ノエル」なるクリスマスケーキがあることを知った。
雑誌の解説には、ブッシュ・ド・ノエルというのは、フランスのクリスマスケーキで、フランス語でノエルは「クリスマス」、ブッシュは「木」を意味すると書いてある。
その名のとおり、丸太を模したクリスマスケーキだったのだ。
それは、「クリスマスケーキは丸いもの」という固定概念が覆された瞬間だった。

それなのに、フランスでは昔から、クリスマスケーキが丸くなくて、その上、木の形だったという驚きは、コペルニクス的転回。

雑誌には作り方も紹介されていた。
(もう30年以上前のことなので、多少の記憶違いはご容赦願います)
1 まず、市販のロールケーキを用意して、端から4分の1くらいのところを、斜めにカットしよう。
2 砂糖を加えて泡立てた生クリームに、溶かしたチョコを混ぜて、チョコレート味の生クリームを作り、長い方のロールケーキの上に、短い方を乗せて、生クリームで接着。全体にもチョコ味の生クリームを塗る。
3 フォークでロールケーキに筋をつける(木の樹皮に似せるため)
4 マジパン(砂糖とアーモンドの粉でできた練りもの)で、小さなキノコを作って、飾る。
5 緑色の着色した生クリームで、植物のツルのように細く線をつける。
6 ヒイラギやサンタクロースの飾りをつけて、出来上がり。

その見た目は、本物の丸太そっくりで、ヨーロッパの森の中を映し出ているみたい。木漏れ日の下で、白雪姫が切り株に腰かけていて、その周りに7人の小人が集っている。小鳥や、リスも寄ってきて、森の中でおしゃべりする景色が見えたような気がした。
このケーキには、そんな歴史と物語があると思った。
ブッシュ・ド・ノエルが食べてみたい。きっと美味しいに違いない。

しかし、近くにブッシュ・ド・ノエルを売る洋菓子店はなく、作るにしても、近所のスーパーには、ロールケーキこそ売られていたが、マジパンのマの字もなく、生クリームさえ売ってなかった。サンタやヒイラギの飾りも売ってない。
やむなく断念。

いつの間にか、ブッシュ・ド・ノエルが食べたかったことも忘れていた。

数年前、夫と「今年のクリスマスケーキをどこのお店で注文するか」という話をしていたときのことだ。
子供が生まれてから、我が家で買うクリスマスケーキは、子供が喜びそうなサンタやトナカイの飾りのついた丸いケーキ。
それもサンタやトナカイや、キャラクターの飾りのつかないケーキを注文しても、子供たちに文句を言われなくなったのは、ここ最近のこと。

今年こそは、サンタのつかないクリスマスケーキにしようと、夫と話している最中に、何気なく、子供の頃、ブッシュ・ド・ノエルが食べたかったという話をした。
「なに、それ、そんなクリスマスケーキあるの!?」
思いもよらず、夫が話に乗って来た。
「食べてみたい。今年はそれにしようよ」
夫の言葉に背中を押され、数十年ぶりに、ブッシュ・ド・ノエルを作っている洋菓子店が近くにないか探したら、あるホテル内の洋菓子店が、ブッシュ・ド・ノエルを作っていることを発見。
このお店の洋菓子は、どれも絶品だと有名で、クリスマスには予約の受け取りに長蛇の列ができるほどの人気。

美しく、華麗な、ちょっと値の張る、ブッシュ・ド・ノエル。
心して食べよと家族にお達しを出し、そして一口。

当然だけど、人生最高に美味しかった。外側のチョコクリームはあっさりとしているのに、チョコの風味をしっかりと残している。中のロールケーキは、スポンジがしっとり、ふわふわ、フォークをナイフのように刺すと跳ね返ってきそうな弾力。クリームはふわふわのチョコと、ほんのりカラメルの香り。
大人のケーキとは、こういうのをいうのだろう。
普段、ケーキにあまり興味のない息子が、一口食べた瞬間「うま!!」と口走るほど、美味しかった。
あっという間に、5000円のケーキは、家族のお腹に収まってしまった。

満腹になって、お茶で一息。
こんなに贅沢なブッシュ・ド・ノエルを食べたなら、もう思い残すのことはない、はずだったのに、これで満足かと聞かれたら、「そうじゃない」と答える自分がいた。

これは、私の夢見たブッシュ・ド・ノエルではなかった。
このケーキはあまりに洗練されすぎていた。
私が思い描いていたのは、市販のロールケーキと、手作りのチョコクリーム、そして、ありきたりなキノコやサンタ、トナカイの砂糖でできた飾りのついた、ブッシュ・ド・ノエル。子供が自由に描いたようなフランスの森の絵。童話の世界。

もうあのブッシュ・ド・ノエルには出会えないのかもしれない。

子供のころ、心を奪われたブッシュ・ド・ノエルを、今、当時のレシピどおりに作ったとしも、きっと美味しくないと思う。

大人になると、いろんなものを食し、いろんなうまいものを知ってしまう。
この高級なブッシュ・ド・ノエルのような、どこよりも豪華で、どこよりも手間暇をかけた美味しいものを、いとも簡単に手に入れて、簡単にお腹に入れてしまうのだ。
そんな肥えきってしまった私の舌は、きっと当時のレシピを再現しても、もはや「おいしい」と思えなくなってしまっているに違いない。
市販のロールケーキは味気なくて、生クリームに溶かしたチョコを混ぜただけのチョコクリームは甘ったるくて野暮ったくて、マジパンで作ったキノコもきっとおいしくないだろう。

大人になるのも、寂しいもんだ。

子供の頃の夢は夢のままで、ときどき思い出して、脳内で味わうのがちょうどいい。

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#Xmasアドカレnote2019、1人目は、私、企画者本人がお届けさせていただきました。(昨日、みんなのサンタなんて偉そうに言ってちょっと恥ずかしい)

さて、明日は誰でしょうか。
掌編小説を書かせたら天下一品のオチをつけ、note酒場では、その存在にどよめいたというあの方です。

では、また明日。メリークリスマス!

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