あなたとすだちを #文脈メシ妄想選手権

「実家からすだちをいっぱい送って来たんだけど、いらん?」
彼と付き合い始めて、初めての夏がきた。
「ハウスものだから、すごく綺麗なんよ。大きな緑色のビー玉みたいなやつ。もう少ししたら、露地もののすだちがわんさか出てくるし、そしたら、もう叩き売り。時には、『詰め放題1袋200円』なんてのもあったりしてさ。何にでもかけて食べるんよ」
隣を歩く彼は、笑って宙を見ていた。
何度目かのデートの帰り道。人気の少なくなった歩道を2人並んで歩いた。
梅雨が明けた途端、連日、最高気温を更新し続けている。どこかの街では、40度を記録したとワイドショーが騒いでいた。
すっかり夜もふけたというのに、歩いていると汗が滲んでくる。
思いがけない彼の提案で、すだちの優しい香りが鼻をすっと通り抜けて、酔って火照った頭を涼しい風が吹いた気がした。

「もらう、もらう。こっちじゃ、すだちは高級品なんだから」
「そうやな。ほな今度、僕がすだちを使った料理、作ってあげるから、食べにおいで」
童顔で、年齢よりずっと若く見える彼が、ますます子供のように笑った。

「まあ、すだちって脇役だから、大したもんはないけどな」
彼の部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルには、唐揚げ、刺身、冷奴、それからよく冷えた缶ビールとコップが置かれ、いくつもの濃い緑色したすだちが二つにカットされて、器に山と盛られていた。
「レシピサイトで『すだち』で検索したら、すだちのシャーベットやって、ヒットしてな、うまそうやったから、作ってみた。あとで食べよ」

「かんぱーい!」
グラスに注いだビールで乾杯した。
まずは、唐揚げにすだち。さっぱりとして、口の中がスッキリ。飲み屋でもレモンが出てくるけど、レモンより酸味が柔らかで上品。唐揚げがちょっとランクアップした気がする。うん、美味しい。
次はお刺身。え、お刺身に柑橘ってかけるんだっけ?
「こっちに来ておどろいたんは、刺身にすだちがかかってないってことよ。うまいのになあ。まあ、食べてみ?」
彼に促されて、ハマチの刺身にすだちをそっとかけ、わさびと醤油を付けて口に運ぶ。すだちの香りがすんと鼻を通ると同時に、ハマチのこってりした脂が口に広がった。不思議なことに、すだちはハマチの味をじゃましていない。むしろ、いい塩梅に魚の臭みを消して、魚の旨味を引き出している。
「これ、美味しい」
私が言うと、
「だろ? 刺身はスーパーのパックのやけどな」
彼が得意げに言う。にやけるのを必死に抑えてるのが見え見え。かわいい。

最後に冷奴。鰹節と生姜のすりおろしが乗っかった豆腐にすだちを絞る。醤油をたらす。これはもう、言うことないし、当たり前に美味しい。醤油としょうがとすだちの酸味が渾然一体となって、大豆の味をぐっと引き立たせる。いくらでも食べられる。これは真夏の食欲のない時にぴったりだ。

あっという間に平らげて、缶ビールが何本も空になった。
可愛い顔して、彼はお酒にめっぽう強い。
どんなに飲んでも、ちょっと饒舌になる程度。全然変わらない。空いた缶のほとんどは、彼が飲んだものだ。
「私ばっかり食べてるけど、いいの?」
「うん。君のうまそうに食べる顔を、『あて』にして飲んでるからええ」
顔、まともに見られないじゃん。もう。

「すだち、余っちゃったね」
「ほな、こうしたら、ええわ」
彼は、すだちを一つ指でつまんで、コップにビールを継ぎ足して、すだちを絞る。すだちの果汁は、ビールに溶け込むと泡が少し消えた。
「こうやって飲んだら、うまいんよ」
そう言って、ゴクゴクと音を立てて、ビールを飲み干した。
「ぷは! ほら、やってみ?」
進められて、やってみる。
すだちを絞っても、ビールの見た目は変わらない。ゴクンと喉に流し込む。
泡が少なくなった分、ビールの苦味がガツンとくると思ったら、すだちの風味が苦味をグッとまろやかにしていて、まるでカクテルのように飲みやすい。
「うん、なかなか、いけるね」
「だろ? これで、何杯でもいける」

「シャーベット、食べよか?」
2人でお皿を片付けて、一息ついたところで、彼が言う。
冷凍庫から、タッパーに入った白いシャーベットを出して、テーブルにおいた。「普通のお皿しかないけど」
しゃくしゃく、音を立てながら、平たいお皿に、カレースプーンでよそう。

「ほら、はよ食べてな、溶ける!」
お皿に触れたところから、氷が液体に戻るのが見える。
シャーベットの入ったお皿を持ち上げる。お皿は一気に冷やされて、ビールで火照った手が冷めていく。しゃく。ぱくっ。
きゅんと鼻の奥が痛くなる。熱かった口の中が、どんどん冷える。
「すっぱ!」
思った以上にすだちの酸味がきつかった。頭の奥まで染み渡る。部屋中がすだちの香りで充満しているんじゃないかと思うほどに、香りが広がった。

「すだち、いいね」
「だろ? また、お盆すぎたらいっぱい届くから、もろてな」
「うん」
私が頷くと、彼の童顔が近づいて、私たちはすだちの香りのキスをした。

マリナ油森さんと坂るいすさんと池松潤さんとあきらとさんの、こちらの企画に参加します。

いや、小説って書きたいけど、書いたこともないし、書ける気もしないので、正直オーディエンス希望だったんですが、マリナさんにお題付きで誘っていただきました。

で、書きました(必死)
ほんと、これ以上いじくりまわすのさえ恥ずかしいので、書きっぱなしで放流します!

現場からは、以上でーす!


サポートいただけると、明日への励みなります。