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子ども用の編み機

子どもの頃、母が編み機を使っていた。

本来、編み物は、編み棒やかぎ針を使って1目ずつ1段ずつコツコツ毛糸を編む手芸。手を動かすごとに、どんどん編み地が増えていくという楽しみがある反面、完成までにとても時間がかかる。時間を贅沢に使う趣味である。

先日から靴下を編んでいるのだけど、片方編むだけで、かれこれ1週間かかっている。セーターやカーディガンのような大物なら一体どれほどの時間がかかるだろうか。

それが編み機を使うと、ものすごく早く編むことができる。編み地を引っ掛けたレールの上に、毛糸をつけた車を走らせると、あっという間に1段。
ガー、ガー、ガーとレールの上を往復すると、どんどん編み地が伸びていく。そして、マフラーからものの数分で一本編める。

母はこの編み機を使ってよくセーターやカーディガンを編んでくれた。母の手と編み機にかかれば、編み込み模様も、縄編み模様もお手のもの。力加減が一定の編み機は、編み目もそろっていて、まるでお店で買ったような仕上がり。

私も編み機を使ってみたいと思った。
小学校5、6年生だったと思う。
その頃、編み物を覚えて、マフラーやバービー人形のセーターなど、簡単なものを編めるようになっていた。


母の編み機を借りるという手もあるが、子どもには大きすぎる。もし壊して母が編み物ができなくなっても困る。
それに、できれば、独り占めして存分に試行錯誤してみたい。

子ども用の編み機があると知ったのは、いつかのクリスマスシーズンだったと思う。

子ども番組の放送中に流れるテレビCMで、子ども用編み機が紹介されていた。

これだ!!

インターネットのない時代のこと、どこで買えるか調べるため、おもちゃ屋の新聞の折込チラシをチェックした。幸いクリスマスプレゼント商戦の真っ只中、連日おもちゃ屋のチラシが入っていた。

そして、母親がよく行くスーパーマーケットのおもちゃ売り場に売られているとわかった。

さっそく母にクリスマスプレゼントは編み機にして欲しいとねだった。
母は、私が学校に行っている間に買ってくると約束してくれた。

しかし、あの時、母と一緒に買いに行けばよかったと、今でも悔やまれる。

その日は、ワクワクしながら下校して、母の帰りを待った。

「買ってきたわよ」と大きな箱を抱えて母が帰ってきた。

母に駆け寄り、箱を受け取った。
開けてびっくり。

母が買ってきたのは、編み機ではなく、機織り機だった。

「編み機が売ってなかったんよ」
編み機は売り切れだった。
どうやら我が家は、団塊ジュニア世代のクリスマスプレゼント争奪戦に敗れたらしい。

「代わりに機織り機に買ってきてあげたわよ」
違う、違う、違う、そうじゃない!(by鈴木雅之)

機織り機、それは布を作る道具。鶴の恩返しで鶴が使っていた布を織る道具。

私が欲しかったのはニットを作る編み機。

母は、「平たいものを作る」という意味では、どちらでも違いはないと思ったのだろう。

私にとっては、ニットと布は全然違うものなのだが、その辺が母にはうまく伝わらなかったらしい。

学校が休みになる週末に一緒に買いに行けばよかった。そしたら売り切れているなら、機織り機など買わずに、他の店に行くとか、諦めて来年買うとかできたのに。

せっかく買ってもらったからと機織り機を使ってみたけど、母には悪いが、やっぱりどうもテンションが上がらない。
すぐに飽きて、押し入れの隅に押し込まれ、忘れ去られた。

そのうち、中学生になり、高校生になり、勉強やマンガやアニメに夢中になり編み機のことも、編み物のことも忘れてしまった。

そして、母が使っていた家庭用編み機さえも、この世からほとんど消えてなくなった。

編み機、欲しかったんだよな。
と思い出したのは、最近のことである。

YouTubeで、母が愛用していたものとよく似た家庭用編み機を復活させる動画を見たから。古い編み機をネットの中古市場で探して、手入れして使えるようにするというストーリー。
見ていると、母が編み機を使う横で、かぎ針で鎖編みの練習を一生懸命やっていた子ども時代がとても愛おしく思い出された。
芋づる式に、子ども用編み機が欲しかったこと、手に入れられなかったことを思い出した。

母にこの話をしたが、あまりよく覚えてないようで、「あら、そんなこともあったかな?」という程度。

思い出すと気になり始めて、試しにスマホで「子ども用編み機」と検索した。

そしたら、Amazonにあった。
まだ売っていることに感動した。
お値段は9800円。
確か、当時も9800円だった。40年間値段が変わっていないことに驚く。
とはいえ、今は消費税が加算されるけれど。

今の私は、子どもの頃の雪辱を最も簡単に晴らすできる。ついでに、ブラックフライデーでポイントが貯まる。思わず指先が「購入する」ボタンの前まで来た。
でも、やっぱりポチらない。

今は、子ども用編み機では編めないような立体的なもの、例えば靴下、手袋、帽子なんかが編みたいし、自分の手で編めるようになったからだ。
最近、不思議とちまちまと根気の続く作業が苦にならない。飽きずに黙々と手を動かせるので、完成まで編み続けられる。
失敗してもイライラしなくなった。何度でもやり直せる。
若いころは、早く完成させて次の新しいものを作らなくちゃと追い立てれるように編んでいた。だから編み機が欲しかったのだが、今では速さを求める気持ちもずいぶん収まった。
一目ずつ、1段ずつ、ゆっくり編み地が増えていくのを眺めるのもいい。力加減によって編み目に強弱、大小がつくのもいい。

淡々と続けることや失敗にとても寛容になった中年は、編み物に向いている。
人間編み機も結構いいもの。

子ども用編み機は、Amazonのほしい物リストに入れて、時々眺めてかわいいな、欲しかったなと、思い出にひたるので十分だ。

でも、もしも、万が一サンタさんがきてくれるなら、子ども用編み機をお願いします。

サポートいただけると、明日への励みなります。