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駄洒落スキル 日本語ネイティブとしての矜持

ヤンゴンに出張でいくと必ず会う、Mさんという日本語が堪能なミャンマー人がいる。

仕事を通じて知り合ってもう5年くらいになる知り合い。若い頃に日本に語学留学していて、非常に流暢な日本語を操るし、カラオケにいくと、僕も知らないような昭和の東海林太郎とかの演歌を持ち歌にしてたりする達人。

ある時、不動産関係の日本からの出張者と合計8人くらいで丸テーブルを囲んで夕食をとっていた時のこと。いろんな世間話で、おもしろかったのは、まだミャンマーで何人兄弟かと聞くと、往々にして8人とかいう返事がかえってくること。Mさんも5人兄弟とか。その場に居た日本人は、僕も含めて、だいたい二人兄弟とか多くて三人、一方で親の代まで聞くと、6人とか8人兄弟とかはあったが。経済成長に伴って少子化が起こるということか。

シャン料理という北部の中国との国境に近い地域の食事を楽しみながら、仕事のことなどいろんな話をしていたが、話題がその頃新聞を賑わしていた日本でのIR、総合型カジノについてになる。カジノの経済効果や、ギャンブルの是非、いろいろよもやま話をするなかで、Mさんが言う。

「ミャンマー人は賭け事が好きな民族なんですよ」

そこに居た日本人は、僕も含めて、「へえ、中国人もギャンブル好きだが、ミャンマーもそうなのか」くらいに思って、うなずいて、食事を口に運んだり、ビールを一口飲んだりした。

その瞬間、「ビルマのかけごと、なんちゃって」と不意の駄洒落攻撃。

Mさんが、日本好き、上級日本語スピーカーで、さらに駄洒落好きと知っていたが、不意をつかれた。が、日本語のネイティブスピーカーとして負けてはいられない、どうにか切り返した。「み、水島上等兵、か、帰ってこなくていい!」

実はその日、あるショッピング・モールを視察したときに、前哨戦は勃発していた。

ミャンマーでも、日本企業のATMが導入されて、日本のATMカードと連携していてATMでローカル通貨チャットを引き出せると解説してくれた。へえそうかと感心していたら、「チャットだけよ〜あんたも好きね〜」と昭和のダジャレ。これは油断していて絶句。

Mさんが日本に留学していたのは90年代だから、ドリフの加藤茶ネタをなぜ知っていたのか。からくりは簡単だった。

留学が決まった頃、ミャンマー人の先輩にこう言われたと。「Mよ、日本にいったら死にものぐるいで日本語を勉強するんだ。日本には笑っていいともという番組が毎日やっているから必ず観て、ドリフターズという有名なグループもおもしろい。おまえも日本語を一生懸命勉強して、そういう日本の笑いが理解できるようになったら一流だ」と。

真面目なMさんは、留学中は、笑っていいともはかかさず録画してチェック、貸しビデオに行って、8時だよ全員集合という往年の名作を借りては必死に観まくったそうである。その先輩のアドバイスの真意からは、ちょっと勘違いがあったと思うが、お笑いづけの日々だったという。一般的な話なのかわからないが、Mさんいわく「ミャンマー人はみんなドリフと志村けんは大好きですから」とのこと。

そんなわけで、事あるごとに、駄洒落スキルを発揮しようとするのだが、やはり、こちらはなんといってもネイティブ・ジャパニーズ・スピーカーである。同音異義語の引き出しも奥深く、ベーシックな駄洒落スキルは笑点とかで幼いころから訓練されてきているのである。僕は、海外生活がはや通算26年になってしまったが、それでも、海外にいて、まわりに日本人が全然いなくて日本語を話さないで過ごす期間も多々あったけど、頭の中、心の中で日本語で考えてきているので、負けてはいけないのである。

それで、ネイティブ・スピーカーとしての威厳を示す機会を待っていた。

ある時、Mさんともうひとりのミャンマー人と3人で、夕方、ある飲食店がはいったビルに行った。まだ午後5時とかで開店前だったが、店長をおぼしきミャンマー人と従業員が店の一角で10人くらい集って立って打ち合わせをしていた。

ふと、「Mさん、あれって日本だと朝会(ちょうかい)っていうんですよ。夕方でもちょうかい。ちょうれいとか、あさかいといったりもする」と日本語うんちくを教授。

Mさんは、なるほどという顔をして、じっとなにか考えている様子。あ、これは駄洒落がくるな、と思って待っていたら、来た。

「ちょうかいで、ちょっかいだしたらだめですよね」

一応、その駄洒落愛を暖かく認めて、にやりとうなずいてから、反撃。

「朝会でちょっかいだしたら、ちょっかい免職!」

これ以降、Mさんは僕を師匠として一目置いてくれている。

火花が飛び散るような、国際ビジネスの最前線での駆け引き。そこでは、言葉は戦いの武器であり、研ぎ澄まされた言葉が勝敗を制する。

日本語の駄洒落ならば絶対に負けない、というのがネイティブとしての矜持だと思っている。

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